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2014年12月28日日曜日

負の連鎖は断ち切らねばと思う

一昨日でしたか、みっち部長のfacebookに近所の公園での置き去り犬の一報が入りました。
ニッコーの周りは一面の公園なので犬の散歩をする人が沢山歩いていて、その手の情報は燎原の火のように広がるようです。昨日の直売会でも話を振ると、みなさん知っていたようで、曰く二歳くらいのラブラドールレトリバーで待てやお座りの躾もできているとか。どんな理由があるか知りませんが、こんな寒い時期に(暖かけりゃいいって話じゃなく)に酷いことをするもんです。特にちょっと前に愛犬を亡くした身としては、許し難い思いでいっぱいなんであります。失ってみて、自分で思っていた以上に犬が好きなんだと気づきましたもんね(佐賀弁)

今年のニュースの中に、愛玩犬種の大量遺棄というのがありましたね。愛犬家ならずとも心を痛めた話です。こういう商売をしていると、家畜とペットの線引きということについて常々思うところがありまして。豚肉美味しいとか言ってる一方で、それをペットにしてる人もいるし。更に捕鯨問題なども考え合わせるに及び、知能が高いと食っちゃダメで、低けりゃいいのか?植物だって生きてて可愛がってる人もいるのにベジタリアンってなんなんだ?とか。
かつて良く引き合いに出された話題では、上野不忍の池に矢が刺さったままの矢鴨なる鴨がいて、誰がやったんだ?可哀想だ!ってんで。見物に出かけたおばちゃんが「やだ~ひどいわね、許せな~い!じゃ帰ろうか。お腹空いたからおそば食べない?」鴨南蛮食って帰ったという。

何であれ自分が生きるということは他者の命の犠牲の上に成り立っているのであれば、常に感謝の気持ちを持っていなければならず、飼うにせよ食べるにせよ無駄にしてはいかんという事よね。「いただきます」と残さず食べる。ペット捨てるなんぞもってのほか!関係ありませんがその昔普通に夫婦仲良かった時分は、その前にいただきますと手を合わせてからいただいたもんです、飯の話じゃありませんよ(^_^;) 何だそりゃ?

犬の遺棄問題の時相棒に聞いた話では、ペット先進国ドイツは犬の薬殺処分ゼロを実現したそうです。そういや原発ゼロもドイツでしたね。国民性の相似性が言われる両国ですが、戦後処理の問題などにしても実行性と言う点で、情緒に流されるかどうかがその後の立場を大きく分けたような気がします。
ペット問題で言えば、おもてなしに代表される日本らしいサービス精神の、負の面が生んだ供給過剰なのかと。欲しいものがすぐ手に入るのはありがたい事ですが、それが生き物となったらどうなのか?商売として成り立たせる以上在庫とコストの問題はついて回るもので、売れずに育ち過ぎた子犬がどうなるかは考えなくともわかります。
これだけネット情報が飛び交う時代であれば、欲しいと生まれましたの交換など容易いなずで、そのマッチング自体が商売になれば売り買いする中間業者が転ずることも可能なんじゃね?
カメラフィルムの市場が極端に狭まっても頑張ってる富士フィルムとコダックの明暗はありますが、それが時代の変化っつ~もんだよね。要は買う側の意識も問題。やればできるよ薬殺ゼロ!

んでお話戻って近所の捨て犬。あんこ亡き後新たに犬を飼うのは、前妻無くした直後の再婚めいて気持ちが動きません。現実問題としてもトイレその他の躾を一からやるのは、ほとんど仕事しかしていない生活から考えても難しいかと。その点今回の犬なら中途採用だし犬助けにもなるし。ただ今続報を心待ちにしているんですけどね、さて、犬好きなお金持ちの多い土地柄、既に篤志家が現れているのかな~?ちょっぴりほっとして、また残念なような。
大型犬も可愛いだろうな~。



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