2026年9月28日月曜日
一回でやめる
2026年9月21日月曜日
夜明けを待つ
雨続きの果てに台風で、とんだ連休であります。
あたしゃ休みないから関係ないけどさ。
大分以前の事になりまして当時よくブログにも書いた取引先の社長はちょい悪を営業力に生かし事業を成功させ、決して大きくはないこれどもテレビ局などロケ弁の世界ではそれと知られるお店を作った方でありました。
でまた夜遊びが好き。ちょい悪だけに。
あたくしも月に一度は呼び出され、お仲間とともに赤羽あたりで飲んでは決まって最後お身内の経営するフィリパブで終わるという。
そりゃいいんですが経営者が身内なこともあってかご家族が合流しましてどうかするとご両親、ご婦人、娘さんまでボックス席に集合なんてんで。
あの時で幼稚園児くらいだった可愛らしい娘さんがカラオケで「アンパンマンの唄」なんぞ歌いますと他の客席から声がかかることもありましたがありゃ大人の夜の世界であって、里心がつくというより子供にゃ見せられない痴態を演じる場所ですからね~、やっぱ引きますわ。
先日行ったお店は金遣いの荒いあたくしでもたまに意を決してというくらいそこそこお高いところでして客層もそれなり、言うても地元のこってすからそこそこにそれなりという。
ただ一年以上間が開いてみると何となく様子が変わっておりまして、お任せコースの客で十席ほどが満席を常としていたのが我々含め三組ほどで、お好みでちょいちょいと頼んでる感じ。滞在時間も短めで、そういや三人いたカウンター内のスタッフも女将さん一人になってるし。
やや格落ちしたというか?
そしたらですよ
大将によく似た中学生くらいの可愛い女の子が入って来て片付け手伝い始めたので聞いたらやっぱ娘さんで、その後小学生くらいの男の子が来て皿洗い始めたんでありますよ。
どうやらバイトの経費削って身内で賄うって事らしいんですわ。
ただですよ
フィリパブとは違うけどある意味見栄の場所でありますからね、目の前で子どもが皿洗ってるってのはどうにも居心地悪く、これで大将と同じ格好してマメ板さんってんならシャレにもなりますけどもろに懐具合を手の内明かされるようでなんだかなあ "(-""-)"
そうは言っても困ってそうなの見ちゃ黙ってらんない性格、コース終わってからは高いもの追加して応援するつもりでしたがお会計は以前より絶対安くなってたし。
客足が引き気味なのはやっぱ実質賃金下がり続けてる影響でしょうか?
にしても夜明け前が一番暗いと申します。
もうすぐだ!日本の夜明けは!
みんな頑張れ~! あたしもな ( ;∀;)
2026年8月6日木曜日
諸事は些事となる
小五の時に戸田から板橋に越してきて転校となったのでここが地元かというと微妙な意識なんであります。
探検だタイヤ転がしだ銀玉テッポウだと思い入れ深い遊びは全部向こうでやってたし、これは嘘でなく戸田東小学校じゃ人気者でして下校時女の子が集まってついてきたくらいなもんで。
いや、ホントだって!
でまた12歳くらいって思春期に入り始めるころじゃないすか。
その後の中学校時代を通じてその時分の自分ってあんましいい思い出なくて、それを覚えてる人間ともあんまし会いたくなかったというか(にゃん部君除く)、よって地元意識も微妙であったという。
昨夜会社泊まりしたのでひとり飲みに行ったお店はそんな中でも繋がってる同級生のお店でして、おやじさんの代から続くこの焼き鳥屋さんは安くて美味い上板の人気店なんであります。
相変わらず繁盛してる中カウンターに一つ開いてた席へ。
生と水ナスで飲んでたら「ニワノ君何か焼く?」「ねぎまと皮とレバーね」なんてんで。
いい調子で飲んたら空いた隣に眼鏡の方が来てあっちゃん(店主)が「Y本、ニワノだよ」
あら、お前か! 何十年ぶり?
連れがあったのでそうは話しませんでしたが口調が昔のままだなあなんて。
カウンター越しとお隣りと同級生二人に囲まれての一夜、大学時代の仲間と復縁?したりもあって気づけば昔の細かいことは文字通り些細な事として片づけられるような歳になったなあとの思いしきりでございました。
忙しいのでイラスト無し。
2026年7月21日火曜日
そういう年ごろだと思う
今年二月大学時代の仲間四人で30年ぶりに会って飲みまして、青臭い時代からずいぶん間が開いた結果それぞれがそれぞれにすがれたといいますか何だか昔より和やかに過ごせた感があり、定期的に会おうじゃないかという事に。
でまたこの日曜日、中の三人集まり最近あたくし一押しの昭和レトロなお蕎麦屋王子梅の家さんで昼酒となりました。
当時をざっと思い出してもよくツルんでたメンバーが10人ほど、うちひとりA野は死んじゃったので他に誰か連絡付けようぜと言ってたもののこういう役回りは昔っからあたくしでございまして、他の奴らは糸が切れた中唯一携帯が生きてそうなI吉にショートメール打っておりました。
何十年もたって突然電話したら驚くだろうし増してや金の無心とか思われるのも嫌だったので(金に困ってる人間が考えそうなこった)
会の日が近づいても音沙汰なく、こりゃあいつも無理かと思ったところで弊社ホームページの方に彼の名前でお問い合わせメールが来たんであります。
曰く メディア(たまにテレビ出るもんで)やネットショップで相変わらず活躍ぶりを見ております。自分も昨年引退し、昔の仲間と飲みたいと思い公私混同とは思いましたが会社の方にメールしました、と。
早速ライン交換したら携帯変わっちゃってたんであたくしからのメールは知らなかったそうで、という事は噂してたら偶然向こうも思ってたってんで、やっぱみんな昔を懐かしむ年頃なんだなあと今回集まった三人で語り合ったことでございました。
でまた昨夜栃木豪雨のニュース見たのでハンググライダー部の相棒にお見舞いメールしたとたんに電話が来て、これまた30年ぶりくらいに声を聞いたんであります。
そうだねえ、人生黄昏て皆後ろを振り返る年頃なんだねえ。
2026年5月25日月曜日
第三の男を財産と思う
学生時代友達の多さを自慢するでもなくやっぱ自慢だったあたくしにおやじが「本当に残るやつは多くてせいぜい三人だぞ」と言っておりました。
幸いなことに社会人になってから、というよりカヤック始めてから逆に大幅に増えましたが川にも山にもすっかりご無沙汰となった現在のあたくしを先方がまだそう思ってくれているかどうかは不明ではありますが。
とはいえこの年になって大仰に言うのもなんですが親友と呼べる人間はやはりごく限られており、今は亡きA野を外すと確かに三人になりました。
で、言い方あれっすけどその第三の親友であるU原は大学入学直後のオリエンテーション旅行のバスで隣の席に座ったのが縁の始まりで、当初エリートコースから外れて我がR大にこぼれ?斜に構えていた彼の第一印象は必ずしも良いものとはいえませんでした。
お互い酒好きであることからその後好転はしたものの決定的な出来事は三年の春、二か月に渡る欧州放浪の途中落ちあい二週間の間レンタカーで二人旅したことでありました。
もの知らずの学生が右も左も分からぬ他国の空の下、おっかなびっくり共に過ごした思い出は何物にも代えがたい財産となりました。
成績優秀で卒業後一流企業に仲間内でただ一人入社した彼はほどなく中東へ赴任となり、その際例の旅であたくしが愛用していたグラスを贐に贈り帰国後返してくれたりして、お互いに結婚した後もA野と三人よく飲み歩いたもんで。
連絡は都度取りながらも直接会う機会が無くなって二十年ほど経ち、A野の件もあってしばらくぶりの再会を果たしたのが三年前、他の大学仲間も含めこの二月四人で飲み旧交を温めるとじじい仲間としてまたぞろつるもうという事になりまして。
なわけで最近お気に入りの王子梅の家さんでの昼飲みをライングループに持ち掛けたところ都合着いたのがU原だけだったため昨日昼飲みしてまいりました。
親友の定義のひとつにどれだけ時間を置いてもすぐに以前のまま打ち解けられる関係ってのがあってまさにそれ、しかも懐古譚だけにとどまらず現在お互いの興味ある事どもにも話が及び、でまた病気だの年金だの年寄りにありがちな話題は一切ないという。
生ビールの後この時間から本戦はとサワー飲んでた奴もその後タガが外れたと見え、二人して日本酒に切り替えて大いに飲んで語ったことでございました。
話半ばで「俺に焚火を教えてくれたのはお前だぜ」と言われ、そういや旅の途中川原に下りて焚火しては缶詰温めたりソーセージ焼いた食べたことを久しぶりに思い出したり。
今あんなことやったらすぐ捕まる世の中だよなと未だ変わらぬ焚火好きに呵々大笑。
モンサンミッシェルも今やオーバーツーリズムであの頃の寂寞感は影も形もないそうで、想いでは尽きず。
酔っ払うと肩組んで歩く癖のまま駅まで歩き午後三時の酔っぱらいはそれぞれ帰路についたのでありました。
いくつになっても美味しく酒を飲みながら胸襟を開いて話せる人間がいるというのは実にありがたいこってございます。
遠出はしてないけどいいお休みでございました。
2026年5月18日月曜日
現代に生きる習俗を知る
子どもの頃おやじが酔っ払って「サザエさん」全巻セットを買って来てしばらくは家族全員読みふけったもんでありました。
小学生だったあたくしには意味の分からないオチもありいちいちお袋に聞いたりなんかしておりまして、また初期作品は戦後間もない頃描かれたため昔の習俗などはオチとは別に意味不明だったりして。
こんなのが
腰の重い酔客がいつまでも帰らないためふすまの陰に手拭いをかけた箒を立てるサザエさん。途端に「では」と客が立ち上がり喜ぶとそこからかくし芸を始めるという。
どういう意味かお袋に聞いたら、昔は嫌な客を早く帰したい場合箒を逆さまに立てる風習があったてんで。
今じゃ家庭で箒自体見ることがほとんどなくなりましたが当時はうちにも長いのがあって、悪さして怒られるとそれで外に掃き出されたもんでありました。
風習としてもすっかり廃れたものと思っておりましたところ形を変えて現代でも残っていることを知ったんでありますよ。
お休みできる日曜日(論理破綻)、八時までに動けるよう目が覚めると駅前の吉野家に行って朝ビーするのを楽しみとしております。
通常は一本だけを駅に集まる人々を見ながらゆっくり飲むんですが、まれにもう一本てな時も。
一昨日飲みながらタッチパネルをザッピングしてましたら新メニューにホッケが載っており、おしんこも食べ終わりそうなのでこりゃもう一本いっちゃうかってんで注文。
すると運んできた店員さんが「すいません、グラス同じやつが無くって」と、冷酒用の小ぶりなグラスを置いて行きました。
あれ? 前にも同じことがあったような?
そうなんです。以前も二本目頼んだらグラスが無いと。
しかしですよ
いくら朝っぱらとはいえあの完璧にマニュアル化された店舗運営上ビアグラスが一個だけというのはまず考えられません。
そこでハタと気づきまして
そうか!こりゃ箒だったのか!
酒飲んで居座りそうなやつへの対策として飲みづらいグラスに変更すべしとの社訓(?)に違いないと。
流石百年近い歴史を持つ吉野家だ、日本古来の風習が生きていると涙にむせんだことでございました(ウソ)
特製牛重が美味かったっす。
2026年5月7日木曜日
やたらと写真並べて連休を語る
ゴールデンウイークも終わりまして。
言うても休んだんだか何だか分かりませんが時系列に語ってみましょう。
ネタに詰まってると思ってるでしょ? さにあらず!
面白い話があるんだけど休み明けで忙しいので次回ね。
二日は営業日で連休前でも土曜日は通常暇で午前中終わっちゃうところが中日に配達だけあるのでその分作ったりして結構忙しく、しつこく言ってる様に三人体制でくたびれたのでパワーチャージにと久しぶりに娘を連れだしうなぎ食いに行きました。
これもしつこく言いますように血は繋がってないけどさ。
その晩ダラダラ飲んで翌日は休み。八時までに目覚めた場合行くとしている吉牛で朝ビー楽しみまして。
この時間ですと残り時間醒めてから有意義に使えるわけで、掃除して兜出して夕方早くからお好み焼き屋いて飲みましてって、これで有意義なのか?
四日に軽くやろうと五時に出て会社行ったら予定外に六日の注文が大量に入ってて、みっち部長が配達に出てるためその分もやらねばならずこれはもう休みは終わったと。
切身だけで1200枚だもの~ ( ;∀;)
けど機械切りだしやってるうちにそういや以前弁当工場八カ所やってた時は三千枚とかひとりで切ってたのを思い出し、さほどのこともなく終わらせました。
戻ってきた部長に聞いたら鶏の切身は切ったやつ買ってあるから数えるだけだってんでこれもやらずに済みまして、その後は通販作って出荷して二時くらいに終わってしまいました。
相棒N部君から清流飲み誘われたんですが大したことないと言ってもこれから飯能まで行くにはそれなりにくたびれて体力もたないので諦めて帰りました。
夜は新規開拓で見つけた新しいお店で一杯。 なかなか結構でして、蕨っていい店あるのよ。
んなことで5日は休めたので天気も良し、ちょっとくらい連休気分をというわけで王子まで。
最終目的は梅の家さんでの昼酒ですがそれだけでもと王子神社と王子稲荷に詣でました。
その昔こんなに建物が無かった頃は石神井川(当時なんて言ったのかな?)を見下ろす丘陵部で富士山も遠望したであろう二つ神達の佇まいに思いを馳せつつ、それではお店に急げってんで。
腹減ってたんでやたら食いながら飲みながら〆はきつねうどん。稲荷行ったからね。
で、昨日はほぼ通常通り仕事して今日にいたるという。
飛び石にはなったけどまあ休み気分も味分けてよかったよかった。