ニッコーニッキー
2026年9月7日月曜日
うちの隣もだんごやさんである
2026年9月3日木曜日
釣られて行ってびっくりする
毎週のように通ってるうちに座っただけでおつまみと生ビールのお疲れ様セットが出てくるようになった上板のラーメン屋さんの話を時々しますが、代替わりで今のお店になる前、肩をまくり上げたTシャツ姿に束ねたロングヘアーをひるがえし豚骨スープをチャッチャするキレイめなおねえちゃんがやっており、それ見たさの男性客で繁盛していたこともまた以前お話いたしました。
かくいうあたしもその口でありました?いや、ラーメン美味かったからよ ( *´艸`)
その伝ってわけじゃないでしょうが最近SNSにやたらきれいでムチムチプリン(昭和の死語)のおねえちゃんがラーメンチャッチャしたりチャーハン鍋振ったり足でうどんこねたりする動画がアップされており、OL(昭和の死語)から職人へ転向みたく書かれているのが見られます。
何か出来過ぎじゃね?
と思って調べたところやはりほとんどがAI画像らしく、以前よく見てた廃墟をリフォームして快適住居に変えるやつと同じようなもんだそうで。
信じちゃってコメント欄頼りに行ってみても実在しなかったり、どうかすると似ても似つかないばあちゃんがやってたりなんて。
いや、行ってないってば! ( ;∀;)
2026年9月2日水曜日
毎弁の苦労を偲ぶ
2026年9月1日火曜日
まさかあの場所がと驚く
定期的に読みたくなる作家のひとりに沢木耕太郎さんがおられます。
学生時代読んだ「破れざる者」に衝撃を受け、新社会人なのに出社ギリギリまで夢中で読んでた「テロルの決算」、そして旅する若者のバイブルともなった「深夜特急」。
ノンフィクションのルポルタージュでありながら透徹した視線の先に独特の感性と表現を持ち、ある種の詩情さえ感じさせるラストの締め方はこの方だけのスタイルと言えましょう。
で、最近読み終えて呑気に読後感でも書こうかと思ってたのが「天路の旅人」なんであります。
戦況の悪化する満州で満鉄職員から東亜義塾塾生へと転じ、放校後は密偵を志し蒙古人ラマ僧ロブサン・サンボーに身をやつしモンゴル、チベット、インド、更にはネパールからアフガニスタンへ(未到)と終戦を挟む八年間の長きにわたり苦難の旅を続けた西川一三の著書「秘境西域八年の潜行」を、本人への一年に及ぶインタビューを元に再編成した作品であります。
既に汽車や自動車もあるにはあった時代とは言え辺境の奥地は未だシルクロード時代の隊商そのままであり、時には三か月間人家も食糧調達の術もない場所を乗用のヤクを買えないまま徒歩で踏破するといった過酷極まりない旅を、また時にはヒマラヤの峠越えで凍傷を負い貧民窟に起居するような最底辺の生活をしながらも仏典を学びご詠歌を身に着け、やがて身一つで托鉢しながら完全に自活した旅の方法を見出すんであります。
当初国家の為であった潜行が敗戦を知ったあたりから片雲の風に誘われ漂泊の思い止み難くといった旅そのものが目的となっていく姿は求道者のそれに似て、性病を恐れての事とは言いながら女犯を固く戒めそれがために他人事や頼まれ事に諸事精力を注いだ結果行く先々で信頼を得、まるで遊行の如き旅はやがて一椀の糧の他欲する物の無い一種の悟りの境地とも見えるんであります。
同時期同地域にいて一緒に旅することもあった塾の同窓木村肥佐夫とともに確保され帰国を余儀なくされて後、木村が先んじて著した「チベット潜行十年」によってアカデミズムの世界である種の成功を納めたのに比べ青森の一店主として元旦以外一日も休みを取らなかったという西川のその後の人生は、あたかも辺境のおいてそうであったように物事への執着を捨て去ったもののようであったという。
ただ酒だけはやめられなかったってとこに激しく共感。
でね
ビックリしたんですわ。
今度のもの凄い洪水の場所がまさしく西川の旅した場所のひとつシガツェ付近だという。
CG全盛の世の中でさえあんなもの凄い映像は想像を絶しております。
いつか行ってみたいなんざとても言えたもんじゃありません。
ひとりでも多くの方が救助されますように。
また亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
ちょっとイラストも描けません 合掌
2026年8月31日月曜日
直売会ありがとうございました
夏休み最後の週末となった土曜日はこのところ相変わらずの曇天というかほとんど雨模様で、遊び納めの子らには可哀そうでしたが宿題の追い込みだった子らにはあきらめもつこうかという。
でもって直売会でございました。
降るか降らないかギリギリの状態が続き、結果的に見れば営業中は降らず片付け出したら降ったというのはまさしく僥倖としか言いようがなく、ともすれば仕事仕事で不貞腐れがちなあたくしにもまだ神の恩寵はあるなんてんで。
と、ごちゃごちゃ言ってますが沢山のご来場誠にありがとうございました!
久しぶりにスタッフ焼肉が一時過ぎにずれ込むほど大勢様お越しいただきました。
良かった良かった。
スタッフ朝やんの弟さんに加え甥っ子が友達誘って手伝いに来てくれるようになってから若い力(言うてもほぼ四十代だけど)のおかげで弱小化の続くあたしらもずいぶん助けられております。
特に最後の片づけは以前だったらヘロヘロで足腰立たない思いであったものが時間的にも肉体的にも短縮が成り、感謝に堪えないところであります。
前日だってね、深夜というか明け方まで仕込みしてた頃もあり、二時間寝て開場なんて頃を想えば七時に終わる今は隔世の感ありですわ。
つ~かあんなに何やってたのかなあ? なんて。
とはいえやっぱ終わるとどっと疲れが出ましてね、それこそそれからカヤック車に積んで嬉々としてキャンプに向かってたなんざ今じゃ信じられませんわ。
毎度夜はお友達と打ち上げするんだけどそれとて段々に億劫になり、美味いもの食いに行くなら平常時の体力ある日に振り替えようかと思うくらいであります。
でもやり遂げ感には変わりなく苦労の後の一杯はやっぱたまりません!
それもこれもいつも楽しみにして来てくださるお客さんのおかげ!
ほんとにありがとう~!
体力続く限り続けますのでこれからも日光畜産直売会をよろしくお願いします!
2026年8月28日金曜日
約束の橋を渡ったら落ちる
マンガの神様と言われたあの手塚治虫先生ですら「ブラックジャック」を出すまでの一時期「終わった」と言われた時期があったそうで、常に第一線を走り続けるというのは全くもって稀有な事でありまして、ミュージシャンでは山下達郎しかり佐野元春しかり一時期やはり終わったと言われたとのことで。
達郎さんは「ゲットバックインラブ」が元春さんは「約束の橋」が復権?のきっかけになった曲であるという。
どちらも好きな曲ですが「約束の橋」はイントロからしてキャッチーで管楽器を使ったサビの盛り上がりとかライブ映像見ててもたまらんですわ。
比較的最近のものではすっかり白髪となったロングヘアをなびかせて歌う元春さんがチ○でもカッコよく、けど何となく笑っちゃうのは「車を走らせて行く」ってとこで親指と小指立てたこぶしでハンドル操作のジェスチャーをしてるところ。
車にこだわるのも世代感でありますな。
四月に抜いた歯の土手がようやく落ち着いてきまして、四か月の予約期間を置いて一昨日ブリッジを入れてもらいました。
これまた約束の橋よね。
ドクターに噛む力が強いため減耗が早いと言われたように食うの遅い分咀嚼回数がやたら多いあたくし、ゆっくりよく噛んでとの食事指導では褒められそうですがやっぱ噛むほど食い物は味わいは深いといいますか。
で、久しぶりに全員集合した歯並びで思いっきり嚙んでおりましたら反対側の被せの銀がいきなり取れました。
約束の橋は落ちたのだ ( ;∀;)
2026年8月27日木曜日
アホがリングする
中学からの流れで高校生になってからもにゃん部やみっち、N之達とキャンプ行ったりしており、ジャパン・アドベンチャークラブと名乗ろうかなんつっておりました。
受験が近づくとそうも言ってられなくなり休部?しなけりゃとなりまして、昔から手の込んだ冗談が好きだったあたくしわざわざ往復はがきにお知らせをしたため三人に送ったんですが後日「お前あれJ・O・Cになってたぞ。OじゃなくAだろが!」とにゃん部に突っ込まれました。
鈴木光司「リング」は映画化され海外でも高い評価を受けJホラーブームの火付け役となった傑作であります。
けど映像作品としては先に制作されたドラマ版が圧倒的に怖く、久しぶりに見たいなあと検索したらフジテレビオンデマンドにあると。
サブスクだけど単品売りもしてるらしく早速申し込んだんですが肝心の作品が見当たらない?
おかしいなとよく見たらFODではなくHOD(北海道テレビ)でありました。
やってることがガキの頃と一緒だあああ~! アホがリングしとる ( ;∀;)