ニッコーニッキー
2026年10月21日水曜日
ステージパパっぽくなる
2026年10月20日火曜日
再びでがわ問題を考える
以前もお話しましたがあたくしの中に「でがわ問題」というのがございましてこりゃ何かてえと、例えば誰かと行ったファミレスでハンバーグを注文する時に、ハンバーグ「で」いいのかハンバーグ「が」いいのかという。
特にごちになる場合においては重要で金出してくれる相手に対して消極的肯定と言える「で」を使うのは失礼ではないかと。
そこはやっぱどうしてもハンバーグ「が」食べたいニュアンスを込めるべきであろうと。
先日朝飯食いながら会社のテレビ見てましたら靖国神社の秋の例大祭で高市首相によって真榊「が」奉納されたという事を、何とニュース速報で報じておりました。
あたくしにいわせりゃ真榊「で」済ませたのかと。
それよりなによりこれを速報で報じるマスゴミの姿勢がね、大馬鹿野郎だと。
要するに前の戦争で侵略の野望逞しくして近隣の国々に迷惑をかけた反省が足りてない、その象徴である靖国神社に首相たるものが敬意を払うなんてとんでもない!とでも言いたいんでありましょう。
毎度繰り返される自虐史観にうんざりなんでありますよ。
今風呂で読んでる「大統領に告ぐ」は硫黄島玉砕の後米軍の手に渡ったルーズベルト大統領宛ての手紙の話でして、海軍守備隊長の筆によるそれを最期の訓示で朗読し兵たちにいかにこの戦いが大義に基づくものであるかを再認識させる場面で百年後の日本の為に最後の力を尽くして欲しいと呼びかけるんであります。
手彫りに近い形で掘った地下壕の中は40度近い灼熱と硫黄臭と負傷者の傷の腐った臭いに満ちて、矢玉尽き果て食糧も水も無くそれでも最後の一戦で圧倒的物量の敵に対し我が身を投げうって祖国のために殉じようという。
託された我々が感謝と崇敬の想いを抱かなくってどうすんの?
まだ百年にはならない戦後八十年。今じゃ半分以上の日本人が目覚めてきた気配を強く感じる昨今ではありますが、報じる側はいつまで経っても寝たまんま。
朝から腹立たしかったなあ "(-""-)"
2026年10月19日月曜日
人のロスを笑えなくなる
2026年10月16日金曜日
人波の中にあの人を見つける
2026年10月15日木曜日
良い思い出にやな事が浮かぶ
ファルトボートというのは組み立て式の舟でして、カヌーとカヤックの違いはコックピットがオープンかそうでないかなのでファルトはそのまんまだとカヌー、デッキカバーを被せるとカヤックとなります。
子どもらと乗るために大型のファルトを大枚はたいて買ったのはいいけれど海や戸田橋あたりの荒川で何度か漕いだ後まだ出来たばかりの彩湖にしばらく通ったあたりで飽きてしまい、売っちまおうかと思ってたところで声がかかったのはにゃん部先生と仕事仲間の方からで、寄居のかわせみ川原で漕ぐから来ないかという。
んじゃ最後にひと漕ぎするかと行ってみて初めて流れに出たところで静水(荒川も中流からはほぼ流れがない)とは全く違う川の面白さに夢中になりまして、以来素人でも手が出る川に行き出したようなわけで。
初めての遠征となったのが茨城の那珂川でして、関東最後の清流と呼ばれ秋にはサケの遡上とすれ違うという環境の上流れは穏やかで初心者には最高の川なんであります。
烏山からなかよしキャンプグランドまでの20キロあるロングコースをすっかり気に入ってしまい毎週のように通いまして、にゃん部とはもとより愛犬あんこを乗せてのんびりソロツーリングなどもやりました。
途中の大瀬には観光用の大規模な簗があり、一日かけて下ってキャンプするので売っている名物の炭焼きアユを食べながらビールも飲めてまるで夢のようだなんてんで、すっかり縁遠くなった今思い出しても素晴らしく良い思い出であります。
ある秋の夕暮れ川面から見た夕日は今でも忘れられません。このために生まれてきたんだと悟ったもんね。
で
そうそう簗
結局辞任した農水大臣の地元がまさしくこの辺りだそうで、だからあの名前ってわけじゃないんでしょうが妙な符号といいますか。
しっかし例によって週刊誌片手に鬼首のような追及に名を借りたゴネっぷり。
財務省がなんてえと陰謀論めくけど議員の皆さんよっぽど消費減税したくないと見えますし、それはもとより激動する世界にあって緊急を要する質疑が山積してるっつ~のに相も変ずあの様子じゃあねえ。
やなこった "(-""-)"
2026年10月14日水曜日
初めての電動こ〇〇に興奮する
先言っときます、こうぐっすよ工具。
しっかし分別盛りと言うかすっかりいい年をしていつまでこんな中学生みたいなこと書いて喜んでるんでしょうか?
情けない ( ;∀;)
先日パックの機械が故障してシールが出来なくなってしましました。
断線した部品を交換しようと古い工具箱いじってたらみっち部長が貸してくれたのが電動工具だったんであります。
あたしゃこれまで使ったことなかったもんでやり方聞いて初使用してみたところこれがすごい!
ボルトとか外したことのある方ならお分かりでしょうが、スパナが一度に回るのってせいぜい180度くらいでしょ。
あれ何回も繰り返すの大変なところが電動ならトリガー引くだけであっという間!
ボルトやらねじやら12本外すのに手作業の十倍くらいのスピードですもの~!
思わず興奮して「スゲ~!」を連発してしまいました。
そんだけの話するのにこのタイトル思いついたら面白くってまた興奮。
バカだねえ "(-""-)"
2026年10月13日火曜日
湯婆婆に闖入される
秋晴れの三連休ではありましたがほぼ関係なく日曜日のみのお休みでございました。
その日も健康的にどこかへお出かけってのはなく昼飲みで、お気に入りの王子梅の家さんにてプチ同窓会いたしました。
今年二月二十年ぶりに大学の仲間四人で集まって飲んだところ別の友達からもメールが来まして、仕事上がって時間が出来たので昔のようにお前が声かけてみんな集めてくれないかなんてんで、ちょうどそういう年頃なんだろうなあと。
今回は五人中三人参加となり久闊を叙しまして、若い頃老け顔の奴ほど変わらない伝にもれずI吉も我々の目から見ればさほど変わった様子もなく、とはいえ他の三人と違ってあたくし同様ハゲてたのは予想通り。 仲間じゃ!
飲みつつ語るほどに昔の話が出てきましたがこいつが驚くほど細かく記憶していていつ頃どこで集まった時は誰と誰が来て何があったなどと、あたくしとU原が呆れるほどよく覚えており、聞けば40年勤めあげた某大手工事車両メーカーでは営業から教育係に転じその道の著作も多数と言うので「お前昔そんな頭良くなかったよなあ」なんてんで、そんな失礼な口きけるのも親しい友達なればこそであります。
そんな中あたくしも思い出したのがI吉の幹事で六人ほど集まって那須の温泉に行った時の事。
名前が立派な割にやや傾いたようなそのホテルはフロント前の通路に昔のアイロンが展示してあるような大丈夫かいな?って感じで楽し気なお年寄りの団体が同宿でございまして、風呂入ってみれば「大」浴場とは名ばかり。
そのうち隣の女湯から騒がしい声がして嫌な予感通りと言いますか、ばあちゃんが大挙して攻め込んできたんでありますよ「女湯はぬるいからこっちに入れてね~!」なんて。
いち早く危機を察知してとんずらこいたあたくしでしたがあとの奴らはどうなったやら。
でまた夕食になり宴会場へ行きますと例の団体が飲めや歌え夜の大騒ぎでスージ上はカラオケの真っ最中「あら~男前のおにいちゃんたちが来たわ~!さっ、歌って歌って!」なんてんで。
俯いたまんまそそくさと済ませ部屋に戻りますとI吉がガバと土下座して「ごめん!」ってなこともあったよな~、と。
なんにしてもこうしてまた集まって飲めるのはそれぞれがそれなりの人生を歩んできた結果であり、大成功もしてない代わりに旧友に顔向けられないような大失敗もなかったおかげと語り合ったことでございました。
まあいろいろ聞いてみて間違いなく金も暇も一番ないのはあたくしですけどそんなこたあいいの!
みんな、またね~ ( *´艸`)


