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2026年9月9日水曜日

水を得た魚となる

 欠員出たりと忙しいので手短に。

先日金融機関三社とのミーティングがあり、冒頭のあいさつをすることに。

人前で何かするのが大好きなのにこのところ機会に恵まれていなかったのでよっしゃ!ってなもんで。

最近動画上げてないけどホームページ上の商品説明とかYouTubeでの自撮りとか全部ぶっつけのアドリブでやっており、何でか分かんないけど勝手に口が動くタイプ。

この日も頭の中でおおよその筋書きは作ってたもののやはりぶっつけでいたしました。

ただですよ

これまでの経験上ほんとにその場でだとそうは上手くいかず、とにかく一回口に出してみるのが大事なんでありますよ、ちゃんと立ってね。

で、トイレの個室で小声でやりいざ本番。


会の最後に六人ほどの聴衆?があたくしのところへきて「いやあ、失礼ながら中小企業の代表者でこんなに流暢に話す方は初めてでした、思わず聞き入っちゃいました!」なんてんで。

やっぱ好き、こういうの ( *´艸`)

でもねえ

口ほどに商売が上手けりゃそもそもこんな席は設けなかったわけで。

ありがたいんだか情けないんだか "(-""-)"



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2026年9月8日火曜日

肥える秋を見る


 秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる

この歌のように情緒深く季節の変わり目を感ずる事が無くなって久しく、寒さから暑さへ暑さから寒さへの切り替えが突然やって来ては春と秋はどこ行ったんじゃ?ってな感じの近年であります。

特に今年は夏場の天気が地域によってかなり違い、関東は八月後半にかけてかなり日照時間が短かったような気がいたします。
で、ここへ来て来る日も来る日も雨模様が続き菜種梅雨の様相を呈しておりまして、気温は下がったとはいえ鬱陶しく秋の語感が持つ清涼さとは程遠い状況であります。

 天高く馬肥ゆる秋

なんてますと澄み切った青空を背景に山里のススキの向こうに、やや色あせかけた牧草をのんびりと食む肥えた馬の姿も浮かぼうという。

昨年後半30歳を目指すにゃんこ食という高級フードに変えてからみっちゃん(お茶々のあだ名)の食欲が旺盛になるにつれ、この小さな体のどこに入ってたの?ってくらいゴン太の💩をするようになったお話をいたしました。
それが夏場になってから影を潜め、元気は元気なんだけど以前にもまして寝てばっか。
やっぱ年のせいかなあと思いきやここへきて大分動きが活発化し、恐らくは気温の低下とともに体調回復しては階段の上下も足しげく、食欲・出し欲?とも再燃焼の様子であります。

まだ天は高くないけど言いましょう!
 
 天高くうん肥ゆる秋

ごめん






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2026年9月7日月曜日

うちの隣もだんごやさんである

昨年茨城の神栖市長選挙で二人の候補者が全くの同数票を受けてくじ引きの結果新人が当選したところが、二票について記名が有効か無効かが裁判で争われ、結局当選取り消しとなったそうです。
16,724もの票が同数なんてことがあるのも驚きなら、二つの票の中身ってのがまた「だんごさん」と「まんじゅうや」であったてんで、なんじゃそりゃ?

実は当選した方の実家は地元で代々続く和菓子屋さんなんだそうでそれを意図しての記入かどうかが問われたものの、最終的に必ずしもそれが氏を指すものとは言えないとの結果になったという。
そうかなあ?
どっちも同業なら分かんないけど二人のうち一人なんだからいいんじゃね?

しかしですよ

投票率44%だから半数以上投票行かないわけで、そこを押して行った人がなんでわざわざそんな分かりづらい事をしたんでしょうか。
近年の国政選挙では様変わりしてきたとはいえ若年層に比べて高齢者の投票行動が圧倒的に高い事は変わっておらず、加えて地方都市にありがちな土着的しがらみの大きさを考えますと、このお二人は恐らく積極的に片方を推していたわけではなく何らかの組織票に取り込まれていたものと思われます。
で、誰誰に入れてと頼まれたものの気が入ってないんでいざ投票所行ったらどっちがどっちだか分からなくなってしまい、あの独特な雰囲気にも飲まれ早く書かなきゃとなった時ふと浮かんだのが和菓子屋であったものかと。

ここからはあたくしの勝手な想像

児玉清(78)の場合
長らく地元で建設業を経営し業界団体と深いつながりがあるため今回の選挙でもその筋からの依頼によって投票所へ。
しかし一昨年引退し生臭い世界とは縁が切れているため特に興味もなくうろ覚えの名前がどっちだか分からなくなってしまった。
「やべ、わっかんなくなっちまった。けど確か商売があれだから、え~い書いちゃえ!」

 まんじゅうや!  見てないけど多分!まで書いたんじゃないかと。

柏原芳子(82)の場合
近隣の牛久市から嫁いできて以来専業主婦として地元に根付き、子育てもとうに終え孫に囲まれた平穏な暮らしの中趣味である手芸教室に今も通っており、先日もその茶飲み話の中でみなさんが推す名前を書こうと投票所へ。
しかしもともと興味が薄いためどっちがどっちだか分からなくなってしまった。
「あらいやだ、でもお友達は裏切れないわ。確か和菓子屋さんだったわね、じゃあ」

 だんごさん  さん付けが奥ゆかしい老婦人。

じゃないかな~と







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2026年9月3日木曜日

釣られて行ってびっくりする

 毎週のように通ってるうちに座っただけでおつまみと生ビールのお疲れ様セットが出てくるようになった上板のラーメン屋さんの話を時々しますが、代替わりで今のお店になる前、肩をまくり上げたTシャツ姿に束ねたロングヘアーをひるがえし豚骨スープをチャッチャするキレイめなおねえちゃんがやっており、それ見たさの男性客で繁盛していたこともまた以前お話いたしました。

かくいうあたしもその口でありました?いや、ラーメン美味かったからよ ( *´艸`)


その伝ってわけじゃないでしょうが最近SNSにやたらきれいでムチムチプリン(昭和の死語)のおねえちゃんがラーメンチャッチャしたりチャーハン鍋振ったり足でうどんこねたりする動画がアップされており、OL(昭和の死語)から職人へ転向みたく書かれているのが見られます。

何か出来過ぎじゃね?

と思って調べたところやはりほとんどがAI画像らしく、以前よく見てた廃墟をリフォームして快適住居に変えるやつと同じようなもんだそうで。

信じちゃってコメント欄頼りに行ってみても実在しなかったり、どうかすると似ても似つかないばあちゃんがやってたりなんて。

いや、行ってないってば! ( ;∀;)



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2026年9月2日水曜日

毎弁の苦労を偲ぶ

高校時代毎日お袋の作ってくれた弁当持って通っておりまして、とにかく食べ盛りだったので大きめのタッパーに丸ごとご飯、中くらいのにおかずという具合。
顔中口にして食ってるなどとからかう奴もいるくらい夢中で食っておりましたが、当たり前の事として特別感謝もしてなかったようなことで。

カヤック仲間に家庭の事情で娘さんが高校出るまで毎日弁当を作ってた男がおり愛情かけたおかげでしょう、成人をとうに過ぎた今でも大変仲良しで、弁当作りを偉いとは思いながらそれがどれだけ大変かには思い及んでおりませんでした。

この八月で廃業したお客さんは営業給食の宅配弁当を生業としており、一軒の町の弁当屋から身を起こし一時は関東圏に八つの工場を持つ大企業に成りあがった立志伝とも言えるカリスマ社長(故人)が率いておりました。
あたくしが営業かけて仕事頂いて以来二十年以上のお付き合いでしたが時の流れで業界の潮流が大きく変わり徐々に縮小を余儀なくされ、この度は余力を残しながらも撤退の決断に至ったとのことで。

ここ最近は小口の配達やめちゃってたのでうちのドライバーさんが配達の折り返しに弁当もらって持ち帰ってたんですが、そんなわけで月曜を最後に後は各自食いものもって来てねってんで。
あたくしもこれを機会に弁当男子(じじいの間違い)になるべく、先ずは秋田の曲げわっぱ弁当箱を買おうなんて毎度ながらかっこから入ろうと思ってたんだけどいざ当日となって「あれ?今日弁当無いんだっけ?」なんて。
晩飯多めに作って残せば簡単簡単!との楽観はもろくも消えてお昼どないしよ?( ;∀;)

大体晩飯にしても作ったものは全部食うが流儀だし、四時に起きて身支度してすぐ出るような生活じゃいつ作るんだよ?って話よね。
とりあえず初日はカップのカレーめしに卵入れて、そんで今日はカップラーメンに冷凍しといたご飯ってな事で。

お袋ごめん、毎日弁当作ってくれて今さらながらありがとう!
そんでもってヘタちゃん偉い!





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2026年9月1日火曜日

まさかあの場所がと驚く

 定期的に読みたくなる作家のひとりに沢木耕太郎さんがおられます。

学生時代読んだ「破れざる者」に衝撃を受け、新社会人なのに出社ギリギリまで夢中で読んでた「テロルの決算」、そして旅する若者のバイブルともなった「深夜特急」。

ノンフィクションのルポルタージュでありながら透徹した視線の先に独特の感性と表現を持ち、ある種の詩情さえ感じさせるラストの締め方はこの方だけのスタイルと言えましょう。

で、最近読み終えて呑気に読後感でも書こうかと思ってたのが「天路の旅人」なんであります。


戦況の悪化する満州で満鉄職員から東亜義塾塾生へと転じ、放校後は密偵を志し蒙古人ラマ僧ロブサン・サンボーに身をやつしモンゴル、チベット、インド、更にはネパールからアフガニスタンへ(未到)と終戦を挟む八年間の長きにわたり苦難の旅を続けた西川一三の著書「秘境西域八年の潜行」を、本人への一年に及ぶインタビューを元に再編成した作品であります。

既に汽車や自動車もあるにはあった時代とは言え辺境の奥地は未だシルクロード時代の隊商そのままであり、時には三か月間人家も食糧調達の術もない場所を乗用のヤクを買えないまま徒歩で踏破するといった過酷極まりない旅を、また時にはヒマラヤの峠越えで凍傷を負い貧民窟に起居するような最底辺の生活をしながらも仏典を学びご詠歌を身に着け、やがて身一つで托鉢しながら完全に自活した旅の方法を見出すんであります。

当初国家の為であった潜行が敗戦を知ったあたりから片雲の風に誘われ漂泊の思い止み難くといった旅そのものが目的となっていく姿は求道者のそれに似て、性病を恐れての事とは言いながら女犯を固く戒めそれがために他人事や頼まれ事に諸事精力を注いだ結果行く先々で信頼を得、まるで遊行の如き旅はやがて一椀の糧の他欲する物の無い一種の悟りの境地とも見えるんであります。

同時期同地域にいて一緒に旅することもあった塾の同窓木村肥佐夫とともに確保され帰国を余儀なくされて後、木村が先んじて著した「チベット潜行十年」によってアカデミズムの世界である種の成功を納めたのに比べ青森の一店主として元旦以外一日も休みを取らなかったという西川のその後の人生は、あたかも辺境のおいてそうであったように物事への執着を捨て去ったもののようであったという。

ただ酒だけはやめられなかったってとこに激しく共感。

でね


ビックリしたんですわ。

今度のもの凄い洪水の場所がまさしく西川の旅した場所のひとつシガツェ付近だという。

CG全盛の世の中でさえあんなもの凄い映像は想像を絶しております。

いつか行ってみたいなんざとても言えたもんじゃありません。

ひとりでも多くの方が救助されますように。

また亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

ちょっとイラストも描けません 合掌






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2026年8月31日月曜日

直売会ありがとうございました

夏休み最後の週末となった土曜日はこのところ相変わらずの曇天というかほとんど雨模様で、遊び納めの子らには可哀そうでしたが宿題の追い込みだった子らにはあきらめもつこうかという。

でもって直売会でございました。

降るか降らないかギリギリの状態が続き、結果的に見れば営業中は降らず片付け出したら降ったというのはまさしく僥倖としか言いようがなく、ともすれば仕事仕事で不貞腐れがちなあたくしにもまだ神の恩寵はあるなんてんで。

と、ごちゃごちゃ言ってますが沢山のご来場誠にありがとうございました!

久しぶりにスタッフ焼肉が一時過ぎにずれ込むほど大勢様お越しいただきました。

良かった良かった。


スタッフ朝やんの弟さんに加え甥っ子が友達誘って手伝いに来てくれるようになってから若い力(言うてもほぼ四十代だけど)のおかげで弱小化の続くあたしらもずいぶん助けられております。

特に最後の片づけは以前だったらヘロヘロで足腰立たない思いであったものが時間的にも肉体的にも短縮が成り、感謝に堪えないところであります。

前日だってね、深夜というか明け方まで仕込みしてた頃もあり、二時間寝て開場なんて頃を想えば七時に終わる今は隔世の感ありですわ。

つ~かあんなに何やってたのかなあ? なんて。


とはいえやっぱ終わるとどっと疲れが出ましてね、それこそそれからカヤック車に積んで嬉々としてキャンプに向かってたなんざ今じゃ信じられませんわ。

毎度夜はお友達と打ち上げするんだけどそれとて段々に億劫になり、美味いもの食いに行くなら平常時の体力ある日に振り替えようかと思うくらいであります。

でもやり遂げ感には変わりなく苦労の後の一杯はやっぱたまりません!


それもこれもいつも楽しみにして来てくださるお客さんのおかげ!

ほんとにありがとう~!

体力続く限り続けますのでこれからも日光畜産直売会をよろしくお願いします!





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