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2026年9月1日火曜日

まさかあの場所がと驚く

 定期的に読みたくなる作家のひとりに沢木耕太郎さんがおられます。

学生時代読んだ「破れざる者」に衝撃を受け、新社会人なのに出社ギリギリまで夢中で読んでた「テロルの決算」、そして旅する若者のバイブルともなった「深夜特急」。

ノンフィクションのルポルタージュでありながら透徹した視線の先に独特の感性と表現を持ち、ある種の詩情さえ感じさせるラストの締め方はこの方だけのスタイルと言えましょう。

で、最近読み終えて呑気に読後感でも書こうかと思ってたのが「天路の旅人」なんであります。


戦況の悪化する満州で満鉄職員から東亜義塾塾生へと転じ、放校後は密偵を志し蒙古人ラマ僧ロブサン・サンボーに身をやつしモンゴル、チベット、インド、更にはネパールからアフガニスタンへ(未到)と終戦を挟む八年間の長きにわたり苦難の旅を続けた西川一三の著書「秘境西域八年の潜行」を、本人への一年に及ぶインタビューを元に再編成した作品であります。

既に汽車や自動車もあるにはあった時代とは言え辺境の奥地は未だシルクロード時代の隊商そのままであり、時には三か月間人家も食糧調達の術もない場所を乗用のヤクを買えないまま徒歩で踏破するといった過酷極まりない旅を、また時にはヒマラヤの峠越えで凍傷を負い貧民窟に起居するような最底辺の生活をしながらも仏典を学びご詠歌を身に着け、やがて身一つで托鉢しながら完全に自活した旅の方法を見出すんであります。

当初国家の為であった潜行が敗戦を知ったあたりから片雲の風に誘われ漂泊の思い止み難くといった旅そのものが目的となっていく姿は求道者のそれに似て、性病を恐れての事とは言いながら女犯を固く戒めそれがために他人事や頼まれ事に諸事精力を注いだ結果行く先々で信頼を得、まるで遊行の如き旅はやがて一椀の糧の他欲する物の無い一種の悟りの境地とも見えるんであります。

同時期同地域にいて一緒に旅することもあった塾の同窓木村肥佐夫とともに確保され帰国を余儀なくされて後、木村が先んじて著した「チベット潜行十年」によってアカデミズムの世界である種の成功を納めたのに比べ青森の一店主として元旦以外一日も休みを取らなかったという西川のその後の人生は、あたかも辺境のおいてそうであったように物事への執着を捨て去ったもののようであったという。

ただ酒だけはやめられなかったってとこに激しく共感。

でね


ビックリしたんですわ。

今度のもの凄い洪水の場所がまさしく西川の旅した場所のひとつシガツェ付近だという。

CG全盛の世の中でさえあんなもの凄い映像は想像を絶しております。

いつか行ってみたいなんざとても言えたもんじゃありません。

ひとりでも多くの方が救助されますように。

また亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

ちょっとイラストも描けません 合掌






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2023年7月19日水曜日

文学散歩する

公園に囲まれた弊社は都内とは思えぬほど緑に恵まれております。

隣接する城北中央公園にサイクリングロードが竣工した節地元の小学生だったあたくしは記念式典にブラスバンドでパレードしたことがありまして、とはいっても手にしたホルンはろくに吹けないのでフリだけして歩いておりましたけど。
昨日久しぶりにその中を歩きましたらそこらじゅうの木の上から蝉の声が降ってきまして、ついぞ忘れていたけどこれが蝉しぐれだなあなんて。

数ある藤沢周平作品の中で「蝉しぐれ」を第一に挙げる方が多いと聞きます。
藤沢作品お馴染みの海坂藩、父の切腹という不幸に置かれた少年牧文四郎は剣にのめり込むことによって逆境をはねのけようと懸命に生き、友との友情、ライバルとの対決、隣家の娘おふくとの淡い恋など絡めながら成長してゆきます。
やがて郡奉行配下として郷回りの仕事に就くうち父の濡れ衣の真相が次第に明らかになり、お家騒動に巻き込まれる中期せずして藩主側室となり世継ぎを生んでいたおふくの護衛役を命ぜられ、師から授けられた秘剣を振るって窮地を脱し敵わぬ恋心と共に過去をも断ち切るという。

ドラマ化も映画化もされ見ましたけど原作から立ち上る香りというか、逆に活字を読んでしか聞こえてこない蝉しぐれを感じるんであります。
久しぶりに読み返してみようかしらん?

なんとなく文学散歩な昨日でございました。





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