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2014年12月10日水曜日

三人称で書く

実はこのブログは、いつか芥川賞を狙って小説を書くための習作なので、今日は小説風に書いてみたいと思います、嘘だけど。


入浴を済ませて規定量まで酒を飲むと、彼は既にこの家ですべき何も残っていない事に気づいた。毎日のわずかな滞在時間の中で、作り食べ片付ける。そのリズムの中にだけしか、自宅と自分とを結び付けるものが無いことに改めて慄然としたのだ。
かつて安らぎであり生き甲斐であったこの場所が、こんなにもあやふやで不確かなものに変わってしまった。その感覚が、彼に先程味わった更にあやふやな出来事を思い出させていた。

帰宅した時、次男が風呂に入るところだった。自分に似て入浴時間の長い次男を待つことは、汗を流してからでなければ夕食を取らない彼の習慣からしてあり得ないことであり、既に九時を回った時間からいっても、待ち時間を食事に費やせる外食より他に彼に選択肢は無かった。

いつものラーメン屋は空いていた。すぐ近くに新しくできた店の影響が、飲めるラーメン屋にありがちなこの店の、麺類の力不足を露呈したのは否めないと彼は思った。彼にしても、繁盛店のカウンターで時間や待ち客に追われながら飲むよりも、酔客に囲まれてちびちび飲める雰囲気が好で通うだけであり、正直帰り道ではいつも後悔するのだった。
おつまみ三点盛りをさかなに、瓶ビールから冷酒へと、文庫本を読みながらゆっくりと彼は飲んだ。「あて」という呼び方を彼は好きではない。「嫁」と同じく、関西弁にありがちな、直接的表現のような気がするのだ。

十時を回るとさすがに店は混んできた。その時になって気づいたのだが、最初にビールを注文した時の、少女の店員が見えない。いつか切り盛りするのは青年一人になり、カウンターの洗い物やオーダーが立て込んできていた。不安を覚えながらも彼は〆のつけ麺を注文した。

つけ麺はなかなか来なかった。逆算して十一時までに帰らないと、その後の入浴から酒へと進む彼の予定に支障をきたすことは明らかだった。どんな時でも最後は酒で締めたかった。
焦燥感を感じるころになってようやくつけ麺が来た。だが見た目に違和感があった。案の定一口すすってみると、麺が柔らかすぎる。手が回らずに茹で過ぎたことは明らかだった。若い頃の彼なら、迷わず怒鳴り声をあげていただろう。しかし彼は、早朝の吉野家で「牛丼一杯作るのに何万光年かかってやがんだあ~!」と騒ぎ立てた過去を悔いていたのだ。
それでも押し殺した声で一言だけ言った「にいちゃん・・・これ・・柔らけえな・・」顔見知りの店員はギョッとした顔で「すいません、パニくっちゃってて!すぐ作り直します!」だが彼は苦笑して首を横に振った。

会計になって店員は言った「常連さんに申し訳ないから、つけ麺の分はお代結構ですから!」
「悪いな。けど社長に言っときな。人増やさないと客に逃げられるってな」
深夜の人手不足がこんなところにも影響しているのかと、自転車を漕ぎながら彼は思った。
そして独り言ちた。「柔らかいからって金いらないんなら、毎日北口行っちまうぜ」

そして彼は笑った。

 

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