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2014年9月4日木曜日

やはり自分の頭が悪いのかと思う

先日「アレキサンドリア四十奏」を読んだけど、ほとんど理解出来なかった話を書きました。その後読み始めたのがこれ。

学術論文らしいんですが、各方面で評価が高いってんで買ってみました。
ところがこれまた分かんねえ〜!(^^;;
アレキサンドリアの時は外人が頭いいのかと思いましたが、日本人が書いたものである上、同じく評価が高いっつ〜ことは他の人は理解してるって事でしょ?
するってえと、こりゃあたしの頭が悪いという話なんでしょうか?

文化はすでにそこにあり、固有の内容を含んだものとみなすところから出発するのではなく、近現代におけるこの領域の存立そのものを問い返すこと。文化を経済や政治から切り離せる固定的な領域とみなすのでも、またそうした経済や政治に従属的な表層の秩序とみなすものでもなく、むしろ権力が作動し、経済と結びつき、建設の重層的なせめぎ合いの中で絶えず再構成されているものとして問題化していくこと。カルカチュルスタディーズが、単なる文化の実証主義的な研究とは決定的に異なるポイントがここにある。
カルカチュルスタディーズは歴史理解の不可欠の次元として文化に注目するというだけでなく、そうした文化という次元自体の存立機制、つまりそれが一定の言説と権力のマテリアルなフォーメーションとして成立し、再生産されているということに瞠目し、それを問題化する点において、二重の意味で「文化」を問う研究なのである。

何すかこれ?全く理解出来ません!帯書いてる佐野さん、姜さん、上野さん、教えてくれえ〜!(;_;)
我慢して読んでたら、第二章以降はフィールドワーク中心で分かりやすくなりましたけど。
数式、公式などの専門分野はさておき、同じ日本人として日本語が理解出来ないというのは不条理極まりませんか?伝説のラジオマンがラジオについて言ってたっけ。難しい事は易しく、易しい事は深く、深い事は面白く、だってさ〜!どうせあたしゃアホですわあ〜(T ^ T)

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