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2014年8月20日水曜日

外人は頭がいいんだなぁと思う

ロレンス・ダレルの「アレキサンドリア四重奏」ようやく読了しました。何か月かかったかしらん?
そもそもこれを知ったのは「六番目の小夜子」で知られる(夜ピク?)恩田陸の、「三月は深き紅の淵を」を読んだからでした。この小説自体は全然面白くなかったけど、本をモチーフにしている事からいくつも実名で紹介されてる中で、最高傑作とされていたのでひとつ読んでみようかと。



良く考えずにネットで取り寄せたら四巻あるうちの一巻で、そりゃそうか四重奏だもの。乗りかかった船なので後の三巻も追加。ハードカバーなので結構な出費でしたが、傑作ならその価値あるんじゃね?と読み始めました。
ところがですよ。全然面白くないっ!(^_^;) っつ~か何が書いてあるんだか、お粗末なあたしの頭じゃ理解できないんだこれがあ~(T_T) 

 つらい労苦!ヘンリー・ジェイムスを読むか、それとも目方に押し潰されて死ぬか。ぼくはもう選択した。ほくが信じるのは、聖なる高慢ちきと聖なるいやだよ式だ。ぼくは尊大の流れ派に属していないし、砂漠の教父のひとりでもないー彼らは虚構のペニス喰いだ。

何すかこれ?1950年代に書かれたようなので古典ではありませんが、何か(ビアスの悪魔の辞典か?)で読んだ言葉を思い出しました。「古典ー誰もが知っているが誰も読まない本」
四苦八苦頭絞りながら読み進みましたが、一つのセンテンス四回も五回も繰り返し読んだりして。こりゃあとんでもない買い物しちまった、読み終われずに死んじゃうかも?なんて。
それがね。一つ一つの意味を拾わず続けて読んでみたら、なかなかいいんだこれが!比喩の巧みさや描写の美しさが卓抜で、時に良過ぎて背中がヒヤ~っとするような表現があったりしてね。

 艦隊を覆い隠している靄のなかから、色あざやかな火矢の群れがほとばしり、きらきらと輝く星とダイヤモンドの塊や、こなごなに砕けた真珠の嗅ぎ煙草入れを惜しげもなく空に撒き散らした。砲撃の音が大気を震わせた。桃色や黄色の硝煙の雲が打ち上げられ、火花を発し、空中に浮かんでいる阻塞気球の油染みた尻を照らした。海そのものが震えるようだった。~中略~驚いたことに、ぼくらはいつのまにか互いに叫び合っていた。アウグスティヌスの言う燃えるカルタゴの余燼をながめているような気がした。われわれは都会人の没落を見ているのだ。

いいでしょ~!あははははは(^O^) 脚注とかもいちいち見ない。リズムが壊れるから。中二巻は動的な展開もありドラマとしても面白かったけど、全体通じて半分も理解できませんでした。ま、修業終えたような晴れやかさはあるけど。いつかまた読みたくなるのかしらん?

でもあれだよね。作品中に散りばめられた詩の一節や神話的なものとか事跡とか?あれ全部共通知識として持ってて通読できるとすれば、外人ってあったまいいんだろうなぁ。
ではあたしの感覚で前述の格言?を真似て終わりましょう。
「傑作ー誰かがそう呼ぶが誰も理解できない本」
分かる奴には分かるんだろうけどさ・・・

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