遊女にもピンからキリまでありまして松の位の大夫職ともなればこれは大名道具と申しまして、庶民にとっては文字通り高値(嶺)の花だったそうですな。分けても高尾太夫なんて人は何代かいたようですが噺の中で今に名を残しております。
純情な紺屋の職人と夫婦になる「紺屋高尾」というようなハートフルな噺もあれば、この「仙台高尾」は何千両という金で当時の仙台公に身受けされながら、言い交した男に操を立てた挙句勘気に触れて舟の中で切り殺されてしまったという。
公を迷わせた手管の中に高尾の送った文がありまして、曰く「忘れねばこそ思い出さず候」。こりゃあ「忘れたことがないから思い出す暇がない」ってな意味だそうで実にうまいことを言ったもんでありますな。
方々で取り上げるまでもなくあれから五年目の3.11を迎えました。
人間ってのは忘れるようにできておりますからいくら風化を防ごうと言っても、接点のない人にとっては致し方ないことかと思います。ただねえ、様々な形で当事者になってしまった人たちにとっては何年たっても「忘れねばこそ思い出さず候」なんでしょう。
人間何が辛いといって、人から忘れられてしまうことほど辛いことはありません。逆説的になりますが忘れちゃったら思い出せばいいんだし、思い出したら行ってみない?
普通に遊びに行くだけだって全然OK!みんながちゃんと覚えてるって思ってもらえると思いますよ。
あら、あたくしごときが聞いた風な口きいて申し訳ないっす (^_^;)
では今日の一曲。お茶々と歌いました「花は咲く」
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