あたくし達の少年時代は中学校に進む時に腕時計を買ってもらうというのが一種の儀式のようになっておりまして、ちょうどデジタルが出始めの頃でしたな、意味もなくストップウォッチで遊んだりしておりました。
落語の噺には時を告げるお寺の鐘がよく出てきます。「時そば」では下げに使われてますが「蔵前籠」では、幕末世間が不穏になり暮れ六つ打つと吉原行きの籠が出せないなんてんで。
ではお寺には時計があって鐘を突く目安にしてたんでしょうか?
ちょいと検索してみたらこんな面白い絵時計を見つけました。

「お江戸の化学」http://www.gakken.co.jp/kagakusouken/spread/oedo/03/kaisetsu1.htm lより
ただこれどうやって六等分したのかは書いてませんわな。そこはどうなのかしらん?
いずれにしても当時時間てのはあくまでも目安で、日の出から日の暮れまでを生活の基準としていたんでしょうね。
急に秋めいてきた今日、秋の夜長をゆったりと過ごすのもまた粋ってもんですな。明日休みの奴はね、ケッ!
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