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2015年9月9日水曜日

その小さきものに想う

そういう訳でにゃんこと暮らし始めたんであります。きゃわいいったらありゃしないっ!
子猫というのは好奇心の塊で遊び好き、しかもお茶々は大変に甘えん坊なのでちょっと顔が見えなくなっても鳴いて探したりなんかしまして、坊主がまだいるとはいえ朝置いて出る時がほんに辛い!猫本来の魅力が自分勝手に甘えたい時だけ寄ってきてあとは無関心な、いわゆるツンデレであることからすれば今は特別な時間なんですが、これはこれでまたたまらない可愛さなんであります。



何回か犬や猫の里親譲渡会にお邪魔していろいろ話を聞きまして、例えば少なくとも四か月になるまでは一人の留守番は無理とか一人暮らしには譲渡しないなどのルールを、あたしなりにつらつら考えますに、100パー条件を満たす飼い主というのはめったにいないのではないかと?
でですよ。なるべく犬や猫が幸せな条件で飼うべきというのはよく分かりますが、失われてしまう命を救うという事に一番の重きを置くなら、生涯を共にするという絶対条件の他にはあまりギチギチに決めてしまうのもどうなんでしょうか?なんて。もちろん数多くの不幸な例を見てきたボランティアの方の言う事なので、一事が万事的な深い意味はあるんでしょうけども。生意気言ってぐみんなたい(^_^.)



ほんのちっこい身体でも膝に乗っけて酒なんぞ飲んでおりますと、確かな命のぬくもりを感じます。でもさあ。そんな時難民の人たちのニュースが流れますとね。戦乱の祖国を捨てて身一つで逃げざるを得ない一家とか子供もいるじゃないすか。詰め込まれた船が沈んで大勢の方が亡くなったり食い物も教育もない難民キャンプで夜露をしのぐ暮らししてる話とか聞きますと、命の重さって一体なんだろう?と考えてしまいます。
50円で子供にワクチン打てるとかペットボトル一本の金で救える命があるとかよく載ってますよね。その一方であたしは猫に1500円の注射打ってもらってるじゃないすか。この違い。
5年フォスターペアレントやったけど止めちゃったし反原発デモも行ってないし、東北通ってるの言い訳にして、今出来る何かから目を逸らしてるのかな~?



雨の続く夜を自嘲気味にやり過ごすんであります、子猫と共に。

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