Pages

2015年8月15日土曜日

七十年目の秋を歌う

いきなりでなんですが「里の秋」という歌がありますね。あたくしあれは普通の唱歌だと思ってたんですが、最近になって三番の詩を知りまして驚いたんであります。
先ずは一番からお聞きください。何で歌ってんだ?いつもの事じゃん(^◇^)


「おぼろ月夜」と並び好きな歌で、抒情歌として聞いたり歌ったりしてました。出稼ぎに行った父親を思いながら、田舎の家で母親と少女が栗の実煮てるのどかな場面だなあなんてんで。
そして二番。いちいち歌う?いいじゃんみんな休みなんでしょ?


これもきれいな絵が浮かびますね~!父さん長いこと留守なのかしらん?
んで三番。知ってましたこの詞?


何故父さんがいなかったのかここで分かります。そうです、南方戦線に送られて戦争してたんですね~!つまりこれは出征兵士を待つ残された家族の歌だったんです。
検索してみると戦後ごった返す世の中で、引き上げ者や復員兵、行方不明者などの所在を確かめる「尋ね人の時間」というラジオ番組のテーマ音楽として使われていたようです。
そうやって聞いてみるとのどかな秋の夜の風景などではなく、八月十五日の敗戦から数カ月を経てなお帰らぬ父を案じ、小さな胸を痛める少女の姿に、曲がきれいなだけよけいに胸が切なくなります。
数々の悲惨な出来事を生んだ先の大戦の中でも、補給も食料も無いまま遠い異郷の地で飢えと病に苦しみ、戦闘で亡くなるより餓死者の方が圧倒的に多かったという最も馬鹿げた作戦指導の元に、この父親も否応なく投げ込まれたんでしょう。浅田次郎の「終わらざる夏」で知りましたが一旦招集受けたが最後、たとえどこに住んで何をしていようと三日のうちに生まれ故郷に戻ってその地の連隊に入隊しなければならず、この父親も家族と別れる断腸の思いで輸送船に乗ったんだろうなあ。戦地に着く前に沈められてまったくの無意味に死んでいった兵隊も沢山いたんだもんなあ。何とか生き残って無事に帰れたんならいいけどなあ。どうかまた娘と会えますように(T_T)

どんなイデオロギーの下であろうと、一番小さな声が一番上まで届くのがあるべき社会の姿だと思います。お背戸に木の実の落ちる音にハッとして、もしや父さんが帰ったのかと振り返る娘。その想いその声。七十年目の終戦記念日を迎えて一時反戦ムードが高まってますが、最近やたらきな臭いこの国の大音声にこの小さな声がかき消されてはいけません。
戦争で亡くなったすべての人達に。合掌。

0 件のコメント:

コメントを投稿

LinkWithin

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...