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2016年3月15日火曜日

神々の山領する 第二回温泉グルメ

思い付きで描いて絵を入れたところなんだか評判良くて、ただ誰が描いてるの?とか言われてます。ありゃあたしがブログ書き書き浮かんだものを、アドリブで下書きせずに一筆で描いたもんなんです。褒められてチョウシこきましたので今回は大盛りでお送りします ( ;∀;)

栂池から野沢まで二時間弱の道を走り六時過ぎに民宿もりさんに入りました。
ギア類を干して部屋に落ち着き缶ビールで乾杯、昼の疲れがどっと出ましておこたで寝っころがったらそのまま熟睡しちまいそう。いかんいかんっ!


せっかく夕飯は付けずに予約したんだ、夜はこれからじゃってんで先ずはお湯へ。
一番近い十王堂の湯は相変わらずいい感じにあっつい!落語「強情灸」のまくらじゃありませんが、あ~いい湯だ、いい湯だから動くんじゃないっ!なんてんで。


湯から上がって待つほどによういち到着。さあ飲みに行こう~!ミワミヴァお勧めのつくしんぼへ。
毎度友達がアップしてる写真羨ましく見ておりましけれど、今夜はやっとあたしの晩ですわ (^O^)

 
 
野沢は山里とはいえ日本海もほど近く海の幸にも恵まれております。馬刺しとサーモン刺しが一緒に楽しめるという。焼き鳥、ベーコンポテト、ジャンボホッケ、腹減ってるし美味い美味い (^-^)
さすが通のお勧めだけあって芋焼酎のボトル空けても五千円いきませんで、大変結構でした。
しか~し。オヤジな夜はこんなもんじゃ終わりません。四十雀で野沢菜担担麺。ええ感じに辛くってスープ全飲み、こちらも結構でした。

 


 
閉店間際のヤマザキデイリーで部屋の飲み分を買い出しいたしまして、さて飲み直し・・・・のはずでしたがここで全員電池切れ。年の割に頑張ったものの泥のように疲れておりました、部屋での記憶はみんな無~し!


あたくしふと目覚めたら2時でして兵どもはてんでに行き倒れており、二本目のワンカップ水尾が半分残ってる。もったいないので久々に一人2時から二次会となりました。ゆっくり寝られるっていいもんです。

目覚めますってえと朝湯行って戻り朝飯。ここの食事の良さは有名でお米も美味しい。三膳もいただいてしまいました。
本来ですとここからまたスキーの話になるところを、グルメと銘打ちましたのでその後に続いてまいります。
山から無事帰りまたお湯へ。泊まった部屋をそのままに荷物置かせてくれる上、湯上りの着替えや一休みまでさせてもらっちまいまして。ご主人!いつもありがとうございます!
ここですんなり帰るのかと思えば食いしん坊やまちゃんがおります。蕎麦ジェラート食うべと再び街へ。おされなカフェ風のお店でオヤジ四人似合わぬジェラートいただきました。


 
 
これで帰るのかと思えばまたもさにあらずっ!
最後のミッションはこれまたミワミヴァお勧めのイナリ食堂。ラーメンとかつ丼の名店だそうで、3時過ぎにもかかわらず満席。待ってでも食う価値ありとメールの返信もらったので店先でしばし。やがて通されると宴席二つあり、これじゃなかなか空かないはずだねってんで。
餃子とラーメン待つ間店員のおね~ちゃんが愛想のよいかわいい子で「どちらから見えたんですか?」なんつってオヤジたちはすっかりメロメロ。いつものようにOWLが口説いておりました (._.)
で、肝心のラーメン。煮干しの出汁がかなり強めに効いており濃い醤油味がうま~い!そんでもってスープを持ち上げるほど量が多い!




あたくし昨夜の野沢菜担々麺に続きお昼も山で中本蒙古タンメン食っておりまして、三食続いてラーメンだったんですが美味しかったので難なく完食いたしました。
一人だけ五目あんかけ頼んだよういちは「餃子余分だった!」と五十回くらい繰り返しつつ食べておりました。ま、普段無口な奴だからね 


(^<^) イナリ食堂、噂に違わず結構でございました。

以上第二話グルメ編これにて終了、次回最終回です。もういい?そう言わないでさあ・・・(*_*;










2016年3月14日月曜日

神々の山稜する 第一回乗鞍

この土日はエルフ山岳部合宿(うそ)という事で二日間フルに遊び呆けてまいりました。とてつもなく楽しく内容濃かったのでいくつかにぶった切ってご報告。別に要らない?ま、そう言わずにお付き合いを願っておきます。

ここ二年ばかりのうちにすっかりバックカントリースキーにハマった相棒OWLに引きずられるようにこの道に踏み込んだあたくしも、今ではすっかりその楽しさに魅了されてしまいました。
とはいえ相変わらず休めるんだか休めないんだか分からぬ生活につき、必要最低限の装備だけ手に入れて奴のけつにくっついて行くだけなんすけどね。
今回は栂池スキー場のゴンドラとロープウェイを乗り継いで天狗原から乗鞍山頂を目指そうという、BCの世界では王道と呼ばれる人気のコースだそうです。
自宅三時発、OWL家を経てやまちゃん家へ、更埴ICからは下道でやまちゃん夫人のご実家など見学しつつ白馬村へと入ってまいりますと軽井沢あたりで降っていた雨も上がり、カーブ曲がって北アルプスがフロントガラスに広がると思わず歓声!




何十年かぶりの雪不足とはいえ青空に白く輝く峰々はそれだけで気持ちを昂らせます。セブンでテルモス(昔の山屋の呼び方)にお湯もらって、さ、行こうかあ~!

山頂ロープウェイはこの日が今シーズンのこけら落としとのことで、同じようにツアー装備の人たちが並んでおりました。入山届とチケット販売がセットなのでなかなか進みませんが、一般スキーヤーの列は別窓口でもっとずっと長い。買っちゃえば並ぶこともなくそのままゴンドラに乗れるのでこっちの方がお得感であります。
白馬、八方、栂池など信州のメジャーなスキー場に来るのも初体験のあたくし、ゴンドラから間近に見る大雪渓や岩稜も露わな高山の姿にすっかり興奮状態で頭の中は原作夢中で読んだ公開間近の映画「神々の山稜」の世界になっちまったんであります。


山頂駅でシール貼っていざ行かん。広々とした斜面を一時間ほどで天狗原へ。更に進んで乗鞍の肩。段々に斜度も増して息も上がってまいります。




やまちゃんによるとOWLのルートはスノーシューのトレイルで直登に近く、足の負担が大きいとか。そのうち言わんこっちゃない、奴の両モモがつっちまいまして。
一歩一歩身体を引き上げるように登る、これが8,000メートルの世界なのです。う~ん、なんて夢獏良獏なんだ!勝手に浸ってますが。

 

更に一時間半ほどで山頂直下の祠に出ましてそこから山頂へは平原っぽく雪もまばら、壺足で行ってみました。三角点?で記念写真。やったあ~!やっぱ登る切ると達成感あるなあ ('◇')



シール外して下りは滑降。しかし風はさほど無いもののガスがかかって、どうかすると上下が分からないくらいに視界が効かなくなってしまいました。雪もいいのに惜しいなあ (;_;)
とはいえガスの隙をついてターン決めれば舞い散る雪と風を切る手練の飛躍、きんもちいい~!
何事であれ十全という訳にはいかないもんですしね、これはこれで及第点でしょう。

天狗原でお昼にしましてテルモスの餅入り酸辣湯。あったまるわあ、前回これ忘れちゃったけどやっぱいいよね。


何も無い雪原でこうして飲み食いするのがまたこの遊びの溜まらなく楽しい一場面、寒いけど楽しい~!

山頂駅からはゲレンデに戻りまして、OWLの足を庇いつつゆるゆると麓まで下りました。やまちゃんの案内で直接車の場所まで滑って戻れるのも嬉しいですね。
近くに宿泊が取れなかったのでそこから野沢温泉まで移動し、ランナーさん御用達の定宿もりさんへ向かいました。夜着くよういちと合流して温泉街へ繰り出し野沢オヤジナイトを楽しもうという。
第二回に続く。

 
 

2016年3月11日金曜日

五年目の仙台高尾する

前の金馬が時々やった噺で「仙台高尾」というのがあります。
遊女にもピンからキリまでありまして松の位の大夫職ともなればこれは大名道具と申しまして、庶民にとっては文字通り高値(嶺)の花だったそうですな。分けても高尾太夫なんて人は何代かいたようですが噺の中で今に名を残しております。
純情な紺屋の職人と夫婦になる「紺屋高尾」というようなハートフルな噺もあれば、この「仙台高尾」は何千両という金で当時の仙台公に身受けされながら、言い交した男に操を立てた挙句勘気に触れて舟の中で切り殺されてしまったという。
公を迷わせた手管の中に高尾の送った文がありまして、曰く「忘れねばこそ思い出さず候」。こりゃあ「忘れたことがないから思い出す暇がない」ってな意味だそうで実にうまいことを言ったもんでありますな。

方々で取り上げるまでもなくあれから五年目の3.11を迎えました。
人間ってのは忘れるようにできておりますからいくら風化を防ごうと言っても、接点のない人にとっては致し方ないことかと思います。ただねえ、様々な形で当事者になってしまった人たちにとっては何年たっても「忘れねばこそ思い出さず候」なんでしょう。
人間何が辛いといって、人から忘れられてしまうことほど辛いことはありません。逆説的になりますが忘れちゃったら思い出せばいいんだし、思い出したら行ってみない?
普通に遊びに行くだけだって全然OK!みんながちゃんと覚えてるって思ってもらえると思いますよ。
あら、あたくしごときが聞いた風な口きいて申し訳ないっす (^_^;)

では今日の一曲。お茶々と歌いました「花は咲く」







2016年3月10日木曜日

来し方行く末を想う

昨夜は送別会でニッコー総出の飲み会でした。
創業以来の大ベテラン、コジコジさんがこの春卒業することとなり杯を傾けつつ名残を惜しんだんであります、コジコジ下戸だけど。
19の年を振り出しに50年に渡った東京暮らしを切り上げ、今後は海を目の前に悠々自適の第二の人生を歩まれるそうで、おそらくそれが可能な最後の世代と思われなんともうらやましい限りです。ま、同世代ながら諸国漫遊してるうらやましい人もいますけどね、ケッ!

コジコジは現会長の右腕として長らく営業の第一線で辣腕をふるい、今あるニッコーの屋台骨ともいえる主要客先のほとんどを獲得してくれた人であると同時に、プライベートでも子供の頃からあたくしにいろいろな遊びを仕込んでくれた人でもあります。
そもそもこの人がシーカヤックやっていたことからあたくしのカヤックも始まったようなわけで、のみならずあまり人から褒められないような遊びも沢山教えたもらいました。あははははは ( ^^)
みっち部長が仕込んだサプライズゲストで前の常務ヅカちゃんも現れ、宴は大いに盛り上がったんであります。


来し方行く末語れば尽きことながら、前途を祝してお開きとなりました。
コジコジさん、長いことお疲れ様でした。そしてありがとうございましたっ!
では五十年を駆け抜けた人生の一節に思いをいたし久々今日の一曲です。
海援隊の名曲「思えば遠くへきたもんだ」




2016年3月9日水曜日

プロ意識を想う

ようやく訪れた春かと思いきや今夜からまた真冬並みに寒くなるとか。寄せては返す波のごとき季節の変わり目でございます。ただあたくしの心はおかげさまで一足早く雪解けとなりまして、って何がおかげさまだか分かりませんが (*_*;

昨夜よく行く近所のラーメン屋に行きまして、チャーシューもやしつまみにビール飲んでおりました。ん?なんだこの湿布の臭い?もう一人の客からではない。あら、おかみさんからだ!そういや週末定休日でもないのに休んでたのは腰でも痛めたからなのかしらん?
飯の時何が嫌だといって香水とかの匂い嗅がされるほど嫌なことはありません、味もなんにも分かんなくなっちまいますもんね(佐賀弁)顔馴染みとはいえ出る時言っちゃいましたよ「その臭い食い物屋としてど~なのよ!」と。


プロ意識というものを考える時そのベクトルがどの方向を向いているか?という事があります。
NHKの「ザ・プロフェッショナル」なんぞ見てますとピカイチ技術を持った職人や料理人をはじめ、医療、接客、販売、支援活動まで実に幅広い世界にその道のプロという人がいるもんです。
ただし技術だけではそこに至る最後の線は越えられないようで、それを成しうるのは対象となる誰かにベクトルが向いた時であるというのが通底しているようです。道具なら使う人、料理なら食べる人というように。
いくら美味いもん作れても食わせてやってんだ!みたいじゃ一流にはなれないっつ~ことね。ま、きれいごとっちゃきれいごとだけどさ。
第一線のアスリートだって現役時代は我儘くらいじゃないと点取り屋は務まらないとか聞きますし、ファンの皆様の支えなんてのは辞めてからホントに気付くみたいなもんかもね。

前述のラーメン屋さんだって(そんなに美味くないし)お客のこと考えれば自ずと分かりそうなもんです。
更に卑近な例ですが、あたくしの仕事に肉のトリミングってのがありまして、脂落としたり筋引いたリいたします。原料に対する仕上がりの分量を歩留りと申しましてこれが高いほど原価率が下がる訳で、筋に肉をつけないのはイロハのイ。
ただし中には元の重量で売り上げて掃除だけして持って来てという場合があり、そんな時どうせ率は関係ないからといい加減な仕事するかというとそうはならず、いつも通りきれいな仕事してしまうもんなんであります。
ただですよ。これでお客さんの為といえばカッコいいんですが身に付いた性でもといいましょうかどうしてもそうなってしまうんでして、例えて言えばあれですよ。入院した時ベッドで尿瓶使おうとしてもまず出ないみたいなもん?あはははははははは!
食い物のネタで引く例かあああああ~!!(怒)

 







 

2016年3月8日火曜日

神田川な女と暮らす

朝一シャラポアのニュース、びっくりしました!ドーピング?
追加になった禁止薬物認識せずに服用してたってんですが、釈明としてはどうなんでしょうか?
薬物と言ってもキヨとは意味が違うけど、世の中に与える影響としては極東の島国の野球人なんぞとはケタが違いますわな。ま、男なんてものはあの美しい姿震わせながらの会見なんぞ見ますってえと、なんだか可哀そうになっちまうのはあのオボちゃんの時とおんなじだったりして。
とはいえ思わぬ過ちから大切なものを失くしてしまう気持ち、スッゲ~よく分かるわあ~ (;_;)

「四畳半フォーク」という言葉があります。学生運動に挫折した若者が虚無感漂わせつつ、反戦の大義に振り上げたこぶしを開いて男女の傷の摩り合いで収めたという。
その代表と言えばやっぱりかぐや姫の「神田川」でしょう。

 あなたはもう忘れたかしら 赤い手ぬぐいマフラーにして 二人で行った横ちょの風呂屋

 一緒に出ようねって言ったのに いつも私が待たされた 洗い髪が芯まで冷えて

 小さな石鹸カタカタ鳴った あなたはわたしの体を抱いて 冷たいねって言ったのよ

 若かったあの頃 何も怖くなかった ただあなたの優しさが 怖かった
 
当時あたくし「出ようね」を「寝ようね」だと思ってまして、小学生だったので意味は分からずお風呂出たら一緒に寝るのかしら?なんて。さらに何も怖くないのにやっぱり怖いのかな?とかね。
いずれにしても嫌いでしたね~、悪いけど貧乏臭くってさあ。
それからはるかな後年、まさかそんな女と暮らすことになろうとは・・・・。

最近風呂入ってるとお茶々がやって来て扉の前でずっと待ってるんです。鼻水が完治してないので鼻息が荒くって聞こえるんですわ~。今日は暖かだけど寒かったじゃないすかこの前まで。
なんかね、小さな石鹸カタカタ鳴ったって感じでさあ、嫌だわ~ (^_^;) で扉開けるとそこにいるんすよお。


忠犬ごっこかと思いきやあたしが出ると入れ替わりに入っていきまして


なぜか排水口あたりをナメナメ。こらっお茶ん!ぽんぽん痛くなりまちゅよっ!なんてんで。
犬もそうでしたけど臭いとか汚いとか好きですよね。さ、一緒に寝ようね ♥
この曲は作詞した喜多條忠氏の実体験だそうです。
あれだね。たとえ広大な屋敷を持ってたとしてもそこに一人でいるより、三畳一間でも彼女といる方が全然いいよね。
ここで川流

 四畳半 独り身かこつ 余剰感

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい (T_T)





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