作業時はみっち部長セレクトで年代的にドンピシャであるハマショーも時々流れます。
時代としては多少の違いはあるものの、日本のロックシーンにおける矢沢永吉、浜田省吾の存在感は両巨頭と言っても差し支えないかもしれません。
でね
このお二人の曲を聴きつつその作品世界の違いというものを考察するに、労働者としての曲の主人公は矢沢(以下Y)がブルーカラーで連れ合いを「お前」と呼ぶのに対し浜田(以下H)は初期作品を除けばホワイトカラーで呼ぶのは「君」と言えましょうか。
彼らを取り巻く環境はHの場合搾取や束縛してくる何か大きな存在である「彼ら」があちら側にあるのに対し、Yは蟻のようにつながって歩いたりうつむいて地下鉄に座る「やつら」はあくまでも自分たちの側であります。
興味深いのはHがディティールにこだわるのに対しYがかなり大雑把なことで、初期のそれぞれの代表曲「マネー」と「黒く塗りつぶせ」で描かれるのは働けどなお我が暮らし的ヤンチャ者なのですが、富裕層を表現するのに前者は「純白のメルセデス、プール付きのマンション、最高の女とベッドでドンペリニヨン」と畳みかけるのに後者はざっくり「しゃくな金持ちども」で済ませちゃってるとこね ( *´艸`)
年を経るごとHが問題提起するのは環境や貧富の差などデカい話でそのうちSDGs言い出すのが案じられるいわゆる意識高い系であるのに対し、Yが扱うのはほぼ色恋沙汰。
そしてHは提起はするものの問題の解決策については特に触れず、まあ風に吹かれてみたいでとりあえずは街を出ちゃう。Yはとにかくどこかへ突っ走るという。
こうして並べてみますとYとHを取り巻くファン層にもおのずと違いがあるものと思われ、端的に表すとそうっすね~、例えば世論調査の対象とされた場合を考えますに回答としてハマショーファンは「どちらともいえない」で永ちゃんファンは「何を聞かれているのか分からない」って感じ?
どっちもバカにしてないっすよ ( ;∀;)
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