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2022年1月20日木曜日

畑違いを考える

 畑違いという言葉がありますが芸人さんとかスポーツ選手とかが政治的な発言をすると叩かれることが多いようで、毎度申しますようにかつての道化として下に見られ笑われる存在から実は頭脳明晰の余技として笑わせる能力の高い人間であったと再認識された芸人でも、限界ぎりぎりの勝負の世界で体を張って感動を呼ぶアスリートでも、どこか居場所違うんだから黙っててよという気持ちがあるのではないかと。


一方その畑にいながら言わなきゃいけないこと言わないってのもありまして、新型株だオミクロンだ感染者最多だ~!と悲壮感見せながら実は嬉々として騒いだ後で「ではスポーツコーナーです。いよいよ間近に迫った北京オリンピックですね~!」なんてんで。


最近の世界情勢は前回の世界大戦前に酷似してきていると言われております。

あの時ベルリンオリンピックを成功させ国威を発揚したナチスドイツはほどなくしてラインラント、ポーランド侵攻に端を発する大戦争に突入しました。

奴隷労働や民族浄化、臓器売買などチベットやモンゴル、ウィグル人に対する人権弾圧は高度にシステム化されナチス以上と言われる中、あの中国共産党が開く北京オリンピックがその後の惨禍の始まりでないと言えるんでしょうか? 隣だし。

能天気に「スポーツコーナーです」なんつってる場合か!


オリンピックに政治を持ち込むなと言いますがそれ真に受けてるのって日本人を典型として小林よしのり氏言うところの純情まっすぐ君だけじゃないすか?

ベルリンでも北京でも思いっきり政治利用だもの。

五輪憲章じゃ開会式で選手は国家元首に敬意表するとか。

あのひと〇ろしの親玉にですわ。


ここは畑を問わずアスリートにも自覚持って態度に示してほしいと強く強く思うんであります。





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