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2022年10月14日金曜日

あの日の約束を果たす エルフ陸前高田ツアー 後編の後編

川下りして湯上りに一杯、ラーメンひっかけたエルフは再び高田へ向かいました。
長らくお世話になってきた高田のママをお訪ねし、夜はY田さんのお宅でご一家の皆さんとバーベキューをしつつじっくり飲み、ついでに庭先でテント泊もさせていただこうという。

今回高田に来る直接のきっかけは先日新宿でY田のゆきちゃんと再会したことでありまして、彼女とのいきさつについては拙著「二日にわたりつるむ」をよかったらお読みください。

今年の正月お宅の下から電話したのを除けば四年ぶりとなるO坂ママとの再会は、いまだ尾を引く疫病騒ぎによりおうちの外でとなりました。
あれから11年を経た今もまだまだ意気軒高、相変わらずお客さんが絶えないけどこんな中だけにいろいろ気苦労もあるそうで。




例によって持って行ったよりたくさんのお土産もらってしまいました。
も少し落ち着いたらまた宴会しましょうと後日を期してお暇。

広田湾沿いのY田さん宅を目指しつつ震災遺構となった旧道の駅に立ち寄ったり。


高田松原の復活も着々と。

N部君が前回お邪魔した時に迷った通りに今回も迷いつつ、最終的に無事到着。
お父さんとお母さんと(ゆきちゃん目線)あたくし的にはどうでしょう、七年ぶりくらいなるんでしょうか、嬉し懐かしい再会となりました。
既に用意していただいていた火を囲みみんなで乾杯!
あの頃イガグリ君だったご長男はこれまた奇縁で、入れ違いに埼玉で学生生活を送られているという。




弊社お肉と三陸の海産夢のコラボ。
美味しくて楽しい幸せな時間を分け合うことが出来ました。





その席でもお話ししたのですが高田の皆さんを見るにつけ共同体が生きている事の強さというか、親類縁者や隣近所といった、自由が最高!みたいなかつて日本がイケイケだった頃の風潮の中では煩わしいとされた社会基盤の大切さを感じるんであります。
ゆきちゃんの真っ直ぐな生き方もそれがあっての事だろうと。

悪天候の予報に備え張らせていただいたタープもそのままにいつしか楽しい時は過ぎ、お言葉に甘えるままテント泊もうっちゃって暖かいお部屋の柔らかいお布団で寝かせていただいたおかげで翌朝には溜まった疲れも癒えておりました。

それ以上のご迷惑はおかけすまじと早めに起きた翌朝ながら、結局手作りおにぎりまで持たせていただき幾重にもお礼を述べつつお暇いたしました。
お世話になりました!ホント楽しかったです。

要所要所では晴れ帰路に合わせて降り出したような天の配剤とも言える雨の中、我々二人の胸にはある特別な感慨があったんであります。
東日本大震災一年目の3月11日二回目の出張バーベキューでこの地にあった時我々が交わした約束は二つ。
早く来られなかった分長く来よう。
いつかこの場所に笑顔が戻った時にはカヤック担いで戻って来よう「遊びに来たよ〜」と言いながら。

種々の事情により時折間は空いたけど十一年目の今年まで長く来ることが出来て、カヤックはパックラフトに持ち替えたけど川下りも出来たし「遊びに来たよ〜」と言えば暖かく迎えてくださる友達もいて。
今にして思えば肩に力が入っていたし多分に独りよがりではありましたが、その気持ちだけは一点の曇りなかったあの日の誓いをこうして果たすことが出来ました。

なんかいいっすね、人生ってさ。
そりゃいろいろ大変だけど。

また遊びに来ます、陸前高田〜!
サンキュ!

エルフ陸前高田ツアー、これにて読み切りとさせていただきまする~ ( *´艸`)




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2022年10月12日水曜日

長くなるので変更する・エルフ陸前高田ツアー 後編の前編?

 地べたキャンプの極致で二時くらいまだ飲んだくれ、夜が明ければ十三夜の月の去った空は晴れ渡り、明るくなってみれば実はキャンプ好適地であったことが分かりました。

何というエルフの嗅覚! というよりも他の選択肢なかったんだけど。



昨夜と打って変わり悠々とスタンド入りし給油しますと、45リッター入りのタンクに44.5リッター入りました。あぶねえあぶねえ ( ;∀;)



スタート地点はそこから指呼の間でございまして、穏やかな日和の中三年ぶりの川下りとなりました。


実は前回この川を下った八年前も久しぶりのカヤックで、スタートからわずかの間に何でもないところで四回か五回沈脱してメンバーに呆れられたことがあり、その時はパドルを全く刺してないことに気づいて後無事に下りましたが、もし今回もカヤックだったらおそらく下る気にならなかったところを、その後出現し入手した安定感抜群のパックラフトによってやる気になったという。
技術革新ってやつ? ( *´艸`)

車一台での回送問題はN部君が電動キックボードの使用によって最近解決してくれたので、舟を膨らませた後は相棒の戻りを待ちながら、ばあちゃんになったとはいえ現役カヌー犬(ラフト犬?)小夏っちゃんとのんびり鳥の声を聴いておりました。

さてスタート!



事前に相棒から教わりながらセッティングした足回りもよく効いて快適です。
すすきのそよぐ川岸を見ながら秋晴れの下水も澄んで、ああやっぱりこれが大好きなんだなあと気持ちまで晴れ晴れとしてまいりまして。





弊社もお世話になっている鶏肉加工の住田フーズさんを越えると少し山間っぽくなってまいります。
時々現れるそれなりに落ちたり巻いたりしている瀬ではパックラフト安定してるとはいえ、ある程度のテクニックが無いと難しいと思われ手前みそになりますがカヤックで鍛えたスキルが役立ってるとニヤついておりました。







最後の落ち込みをトロっと落ちてゴール。上陸する時軽いのもパックラフトの大きな魅力ですね。
ちょい長めの二時間半ほどを無事に下りすっかり心が満たされた代わりにお腹が空きまして、大船渡のダム湖にある温泉へ。
川下りした後の温泉も実に久しぶりで得も言われぬ気持ちよさ。
思いましたね~。普通の温泉行を否定するものでは全くありませんが、この気持ちよさは単に旅してお湯につかったのでは決して味わえないと。
苦あれば楽ありみたいな?

にしてもですよ~、今風に言うとめっちゃ気持ちいい!つ~んですか?
以前よく使ったフレーズですが川下りより面白い遊びはこの世にありません!

再会のお話までは長くなるので、予定変更して後編の後編に続く!

あたちの出番がないにゃ


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2022年10月11日火曜日

有言実行の男と旅ゆく・エルフ陸前高田ツアー 前編

今週のエルフは、という書き出しでブログを盛んに書いていたのは今からもう15年も前でしょうか。カヤックにはまり中学以来の竹馬の友N部君と立ち上げたチームエルフでそのコンセプトの基、毎週のように川下りとキャンプのツアーを主催し川に通っていた頃のことです。
あれから本当にいろいろなことがありそんな生活から遠ざかっておりましたが自家中毒のように仕事漬けのあたくしを心配した相棒がやや強引に誘ってくれまして、この週末出かけてまいりました。
というわけで

今週のエルフは東北を旅してまいりました。
疫病騒ぎで四年ぶりとなる陸前高田で気仙川をパックラフトで下り、出張バーベキューで仲良くなった方々をお訪ねしようという企画。
天気予報が良い方に転んだ土曜日、未明から週明け分の仕事を片付け早引けして自宅へ。
東北方面の時はN部君に拾ってもらうのを常としているため荷物の最終チェックをしつつ待っておりますと、行こうと決めた時から募ってきたわくわくがいやがうえにも高まりまして。
フィッティングだのテントだのマットだの、おまけに靴までこのツアーのために買い直したという。

三陸道がほぼ開通し短縮されたとはいえやはり七時間の道のりをあのころまだ四十代だった還暦の二人が自動運転の助けを借りて交代で運転し、高田のインターを降りる頃にはとっぷり日が暮れており、奇しくも開催されていた花火大会をチラ見しつつ川下りのスタート地点住田方面へと向かいました。




ここで相棒から衝撃の発言が!「ガソリンほとんど無いよ」
時間優先で飛ばし気味に来たため思いのほか燃料食ったようで、でもまだ七時だからと知ったスタンドに寄ると事務所の明かりを残し既にクローズ。
検索したらちょうどキャンプ予定地のすぐ前にもスタンドがありまして、省エネモードでおっかなびっくり先を急ぎました。
んが

地方の夜は早い。やってませ~ん!
おまけに予定地の公園は火気厳禁の立て札、さあどうしましょ?
こうなれば給油に来られるぎりぎりの場所にキャンプして朝を待つしかないと、気仙川沿いをあちこち物色しましたがどうにも見つからず、そうこうする間にも刻々と燃料は消費されていきます。
どう考えてもここが最後という山に入ったわき道を歩いて見に行きますと、畑?空地?ロケーションは良さげ、真っ暗で見えないけど。でもここしかない!

荷物降ろしてテント張って火を起こすと時間はすでに23時を回っております。
肉体的にも精神的にもクタクタで、適当に肉でも焼いてさっと食って飲んで早よ寝ましょうかというあたくしに「んじゃ串揚げの支度するからお前サンマ仕込んでくれ」と相棒。

マジっすか?!これから串揚げやるの~??

長い付き合いでこいつ自分曲げないとは知っておりましたがさすがにびっくりであります。
とか思ってる間にもエビ剥いてるし・・・・
分かりました!こうなりゃとことんやろう!
あたくしも大根剥いて持参したおろし器で鬼おろし作るやらサンマに塩して網に挟むやら。

とりあえずやけくそ気味に乾杯!












不思議なもので揚げたり焼いたり始めてみると段々のってきて、美味しく楽しくなってまいります。
最近キャンプブームだなんつっていろんな人が動画上げたりしてるけど、この状況すら楽しんでしまうエルフに敵う奴がいたら出てこいや~!と、初老のオヤジ二人どこだか分からない山の中で大いに気炎を上げたことでございました。
ああ面白かった ( *´艸`)

しかしほぼ五十年の付き合いの中、あたくしN部君を始めて本気で尊敬したんであります。

後編へ続く!


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2022年10月7日金曜日

風呂で亀で洗う

先日街歩きで谷根千を訪ねました。
戦前の古い下町の雰囲気が残る谷中、根津、千駄木あたりをこう呼ぶそうでスポットを絞れば短い時間でなかなか楽しめ、同じような人たちで結構な賑わいでございました。
事前に調べた中に亀の子束子のお店がありまして、古い暖簾を逆手にとってカフェも併設したおしゃれな空間を作っておりあえて古い看板や紙包みを使うなど、なんつ~んでしょう温故知新的な。

あたくしお風呂で体を洗うボディタオルみたいなものにワシワシ系の硬めの素材を求めておりまして、もしやこのお店ならあるのではないかと寄ってみたんであります。
ありましたね~、思った通り!
背中専用の長いのや柄付き、もろ束子に紐ついたもので体も背中も洗えるの、それぞれ硬さにより四種類に分かれておりまして、あたくし硬い方から二番目の紐付きを購入いたしました。
使い始めの最初はおっかなびっくりでしたが、慣れてみるとこれがいいんであります!
ちょっと乾布摩擦入った感じもありお肌に良さげ。だからって今更なんではありますが。
でね

今回のタイトルは中原中也の詩から来ております。
中学校の教科書に載っていた「吹く風を心の友に」だったか?と思いますが、うろ覚えでこんな感じ。

 吹く風を心の友と 口笛に心まぎらし
 
 僕がげんげ田を歩いていた15の春は

 やぎのように パルプのように 今はもう遠いどこかの空に飛んでいってしまったろうか

あと断片的にしか覚えてないのですがこの後の一節に

 とにかく 僕にそこに行けたらなあ
 
 心一杯に懺悔して 僕は努力家になろうと思うんだ

みたいなのがあり先生の説明では、僕「に」そこ「に」行く力があったらなあを語感替えた表現だということでしたけど今から思えば詩の解説ってのも野暮な話だしなんか違うような気がします。
というわけで

 僕にそこに → 風呂で亀で

となるわけです。

「を」だったら大変だあ~ ( *´艸`)

あ、手で洗ってますよ。 聞いてね~よ!











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2022年10月6日木曜日

揶揄と阿諛の間を歩んだあの人を想う

このところ立て続けにいろいろあったり亡くなる方がいたりで書きたいことがたくさんありながら、手前どもにもいろいろあるので思うに任せません。
やっぱこれだけはと思うところをひとつ。

今日のお話はあたくしのものではありません。 
あたくしをいわゆる保守思想に転換してくれた方の受け売りでございます。
だから怒っちゃダメよ ( ;∀;)

かつてABCD包囲網というものがありました。
アメリカ(Aメリカ)イギリス(Bリティッシュ)中国(Cァイナ)オランダ(Dッチ)らによる対日全面禁輸は、我が国が大東亜戦争へと追い込まれる大きな原因の一つになりました。
今回の国葬儀反対騒ぎに至るまで長々と繋がってきた一連の動きはABE包囲網とでも言いましょうか。
すなわちA=朝日新聞を筆頭とする反日メディア、B=馬鹿なサヨク、そしてE=自分で自分を「いい人」だと思っている地球市民的意識の高い?人々。
言論の自由を掲げながら自分と違う言論には耳を貸さないどころか大声を上げて封殺しようとする人たちがこうまでヒステリックに潰そうとしてきた安倍さん、いやご本人というよりも「ABE的なもの」とは何だったのでしょうか?

それは第一次内閣発足時に掲げた「戦後レジームからの脱却」「日本を取り戻す」「瑞穂の国の資本主義」といった、混迷する現在の国際環境の中で我が国がようやく自主独立を果たす(実はまだ果たされていない)ため当然持たねばならない理念であります。

ではなぜそれをあれほどまでに嫌悪するのかといえば、大手メディアや法曹界、象牙の塔の住人等彼らがいわゆる敗戦利得者の系譜にあって、いわれのない贖罪意識や世界平和をマジで信ずるお花畑思想による武力の忌避など占領軍によって洗脳された戦後の日本人が長い眠りから目覚めることを何よりも恐れているからなんであります。
ウソがばれちゃうと真っ先に尻尾振ってはお先棒担いで、そのおかげで今まで食ってきた自分たちの欺瞞が白日の下に曝されちゃうからね。

特にメディアはあの人を独裁者と揶揄し脚色重ねたスキャンダルを暴くがごときキャンペーン張っては実はとるに足らないようなことで意識の高い?人々を扇動し、のっかったサヨクは動員かけて水増しした人数のデモを繰り返し、テレビはあっち側の話だけを民意という名で垂れ流し続ける。
確かに権力者に取り入る阿諛追従に乗せられた部分もあったかもしれませんし第二次以降の政策はあたくしも大反対で「あいつダメじゃん!」と思ってはおりましたが、今回世界が示した弔意の大きさだけを見ても政治家としての力量が群を抜いていたことは普通に見れば明らかなことであります。
何よりも日本人に日本人としての覚悟を問うた(盟友・故中川昭一先生を除いて)ほとんど戦後初めての政治家でありました。

主義主張や意見の違いはあって当然だし好き嫌いだって人によりますけど悼むよりも先に「使者に鞭打つ」ような恥知らずにいつからこの国はなっちまったんでしょう?

てゆうか暗殺という犯罪へのアンチを示す意味だけだって、国葬儀やった意味あったと思いますよ。

あ、だからあたしが言ってんじゃないってば ( *´艸`)







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