先日 映画「国宝」の感想をお話いたしましたが、血の継承という事について更に考えたんであります。
あの中では結局血を努力が凌駕する結末になってたけれどもだからと言って否定するようには描かれておらず、それは確かにあると。
だってね
舞台裏も丁寧に撮ってる中であたくし思ったのは、例えば娘道成寺の釣り鐘の場で裏方さんが一つでも間違えたら早変わりが無茶苦茶になっちゃうわけでそのプレッシャーだって役者に負けず大変であろうと。
そういった大勢の人の真ん中に立って主演するとなればそこへ向かう求心力として、血統は大きな力になるんでありましょう。
してみると落語なんぞはあくまでも個人技でありますから名跡を子供が継ぐってのはどうなんだろうとも思いまして。
芸能に限らず仕事で親の後を継ぐのはよくある話で、かく申しますあたくしもそうだったなあと映画見て改めて感じた次第であります。
たかだか六十年続いたくらいのしかもお肉屋風情が言うのも申し訳ないんですが、どの世界でも継ごうという思いは「俺がやるしかない」なんじゃないのかと。
直接にしろ間接にしろ親の後ろ姿見て育って、偉いとかすごいとか思いますからね。
偉さもすごさもないバカ息子(親はもう亡いが)に出来るのは一心不乱に働くことだけと今日も今日とて仕事に追われつつ、このところつくづく思うのが世襲政治家がなんであんなにダメなのか。
歌舞伎の例で言いますと支えるに相応しいと思わせる芸を磨く必死な努力に比べ、支える方も利権だの陳情だの欲得まみれの中でとにかく神輿に乗ってりゃいいってんじゃただでさえ下々の事情なんざ知らんとこへ持ってきて無駄にスポットライト浴びて碌な人間になるわけないだろうと。
選挙負けるってのはお前辞めろと言われてるのに居座ってんじゃねえよ!
「石破る」と書いて「いすわる」と読む。
ああいう方が赤字企業の社長だったら社員の給料減らしても自分だけは満額取ってベンツとか乗ってんでしょうね。
あたしゃ金も車も無い!
でもやる気と希望はあるもんね~ ( *´艸`)