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2016年7月13日水曜日

慣用句で〆る

永六輔さんが亡くなりましたね。時代の象徴のような人の訃報に触れるたび昭和が遠くなるというのが慣用句になった感があります。この人もまさにそんな一人ですね。
あたくし的にはTBSラジオで毎日やっていた十分番組「誰かとどこかで」が最も印象に残っています。金曜日は一般投稿の詩を朗読する「七円の唄」で、これはコーナー開始当初にはがきの値段が七円だったことに由来しその値段がいくらに上がってもずっと変えないのがいかにも永さんでした。

早大学生時代投稿のセンスを買われて黎明期にあったテレビの世界に引き抜かれて以来、放送作家、作詞家、評論家、エッセイストなどマルチな才能を発揮し、特にラジオのパーソナリティーとしては昭和から平成にかけて常に第一線にあった異能の人でした。
作詞家で時代の寵児なんてますと今のあの人みたいですが、尺貫法の保存に奔走したことに象徴されるごとく消えゆこうとする古き良き文化や大衆芸能などを後世に伝えるために精力を注ぎ、反戦平和の主張では辛辣な論評を展開するなど舌足らずでソフトな声の語り口に反しビシッと一本筋の通った反骨と気骨の昭和人でありました。
あたら才能に恵まれながら音楽CDを仮面ライダースナックと化し、売るためには何でもありの身も蓋も無さで使い捨ての粗製乱造こそ今、みたいな節操の無さとは真逆ですな。誰のこと言ってんだ?

病魔に犯された晩年ろれつの回らぬ口でそれでもラジオを続けていたのを聞いて、それを未練と感じたあたしは晩節を汚したとか勝手に思ってたんですが、実はその裏に盟友故・小沢正一に言われた一言があったことを昨日知りました。
引退を口にした永さんに小沢さんは「たとえ喋れなくたって衣擦れの音でもするだけで、あんたがそこにいると聞いてる人に分かればみんな安心するんだ!」くう~、泣かせます (;_;)
あたくしこれ聞いて五代目志ん生の話を思い出したんであります。
酔っぱらって高座で居眠りを始めた志ん生を起こそうとした前座に「おいっ!そのまま寝かせといてやんなっ!」と客席から声が飛んだという。しゃべらなくてもいるだけでいいってんでね。
ミスター落語とミスターラジオ。慣用句の繰り言で失礼いたします、昭和は遠くなりにけり。

ではみなさん、あのものまねで〆ましょうご一緒に!
「こんにちは永六輔でしゅ、あ痛っ!舌噛んじゃった!」

 





 

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