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2013年8月23日金曜日

またも昭和を見送る

藤圭子が亡くなりました。自殺だったそうですね。
今の人には宇多田ヒカルの母親でしょうが、昭和の僕らには強烈な印象を残した歌手でした。
北海道の貧しい芸人一家の娘として育ち、幼いころから旅先で彼女の歌で角付けしては家族が糊口をしのいでいた事もあったそうで、「宿命の歌手」のキャッチフレーズの通り、日本人形を思わせる美少女でありながら路地裏の影の中で咲く徒花のような人でした。僕はまだその世界感を理解できる年ではなく、何だか暗いおねえさんだなぁくらいに思っていましたが。
当時はまだ芸能人が素を曝す事で食いつなぐといった方法は無く、例えば彼女の場合画面で笑う事を禁じられていたように、与えられたイメージそのまま演じる役柄を本人であると信じられていた時代でした。

 十五 十六 十七と あたしの人生暗かった 過去はどんなに暗くとも 夢は夜開く (圭子の夢は

夜開く)

 あたしが男になれたなら あたしは女を捨てないわ ネオン暮らしの蝶蝶には 優しい言葉が沁

 みたのよ 馬鹿だなぁ 馬鹿だなぁ 騙されちゃって 夜が冷たい新宿の女 (新宿の女)

ど~すかこれっ!昭和の匂いプンプンっすよぉ~(^_^;)
高度成長を支えた仕事戦士達が闊歩した夜の巷に酒と喧騒と脂粉の匂い。そこはまだ苦界の名残であり、悲しい女達の住む場所でした(ド怨歌かっ!)昼の光が強かった分、夜の闇もまた濃かったのかもしれません。芸能と興行もやはりそんな光と影でした。
それが関係あるかどうか知りませんが、若くして引退してしまった彼女のその後がどのようなものであったかは知らず、悲劇的な最期を思えばかつて背負わされた影の役柄と無縁であったとは思えません。残した娘が「光」であったことに救いは感じますが。ホントのとこは分かんないけどさ。
それではロングボート購入して何事も無く納品されたカヤッカーになぞらえまして、昭和レトロ感一杯の似ている川流です。

 舟買って 長いの来たぁ~ 無事艇庫 と スネ抱え 流しのギター 藤圭子 は似ている

また一つ昭和が消えていきました。合掌。




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