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2016年2月8日月曜日

避妊は非人間的かを否認する

先々週お茶々が避妊手術を受けました。それから十日経って昨日は抜糸してきました。
ペットの殺処分ゼロに関心を持ち里親会で方々顔を出し始めた頃、ボランティアの啓蒙活動の中に野良は先ずは数を増やさない事からというのがありまして。
ペットを飼える条件を備えた人を椅子取りゲームの椅子に例えるなら、生活形態の変化によりそれは増える状況にはなく、であれば座る側の数を減らしていかなければならないのは必然であると。

そりゃ分かりますが特に猫の場合、更に事故や失踪の恐れから守るためには家から出さずに飼うのが基本まで言われちゃうと、それって人間のエゴも入ってないか?とか考えてしまいます。
意味違うの重々承知で例えますと、あたしが酒も女も遠ざけて身体に良いものだけ食べて長生きできるからと言われ、今の生活捨ててそちらを選ぶかと問われば、絶対NO!ですもんね(佐賀弁)
だからって今の生活が酒とバラの日々かといえば、酒はともかくバラは枯れてんだろ?ホントか(^<^)
外を自由に歩き回ってる子を見るにつけ、やっぱ本能に従い縄張り回って暮らすのが本当は幸せなんだろうと思います。たとえそれで20年の寿命が半分に縮んだとしてもね。
んじゃお茶も出してやれよ?う~ん・・・超の付く美少女だけに誘拐の心配があるからなあ (^_^;)

以前から書いてますがあまりにも行き届いたおもてなしのこの国では、欲しいものが手に入り過ぎることによって生ずる問題が多過ぎます。
このところ話題になってる売れ残った恵方巻きの大量破棄。賞味期限切れの食品使い回してたのも、やったことは悪いにせよどんだけ食い物捨ててんだよという問題から考え直すべきでしょう。
それがペットという生き物の命にも及んでること、更に言えばたかが猫の子一匹避妊するのに三万円も払うんなら難民で苦しんでる子供たちのためにもっと金使えよ、とか考えるほどに矛盾だらけの浮世と我が身なんであります。

キヨハラも寂しさに耐えかねたという日曜の晩、先ずは目の前の小さな命をを大切にすることからとか言い訳しながら、あたくしも酒飲みつつ無聊をかこつのでありました。

あ、山形のお酒立春朝搾り美味しかったよリコちゃ~ん、でもやっぱ春一番ね💛 あんまし無聊でもなさそうか・・・(-_-)

包帯服脱げて自由なお茶々です。


シビアな目

のびのび

持たれても動かない



これは抜糸の前の晩
 


 
抜糸しました~!
 
 

 
 
 

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