この仕事に着く前プリマハムの竹岸食肉学校に半年おりました。
名物校長坂本自由児先生率いる同校は現代社会においてハングリーを教えるには時間で縛ることであるとされ、厳しいことで業界に知られておりました。
だから全寮制。
しかも創設当時のままの古い畳敷きの部屋に男六人で雑魚寝!
我が51期は10号室まであったかな?あたしゃ6号室。
起き抜けの点呼、ランニング、体操でスタートする一日は午前中実習でマトンから始まり牛に至る脱骨作業と製品化の習得、それを操作分析して書き起こすこと。
午後は座学、夕飯、点呼、就寝、わずかな自由時間も宿題山盛りという。
28でしたけどね、キツかったなあ。
最近久しぶりに脱骨してオリジナル商品を作るようになりその頃覚えた技術が役立っております。
やっぱ若いうちに体で覚えたことは忘れないもんすよね。
で、それに伴い久しぶりに脱骨用ナイフを使うようになったのですがこれはかの学校の実習で使っていたものなんであります。
柄の部分には当時の学籍番号である26の刻印がまだ消えずに残っておりまして。
社会人になりたての頃「学生気分が抜けとらん!」なんて怒られたもんだけど、ある意味学生気分を仕事に生かすという。
そういや親の会社に入り実家はその二階ってのはなんとなくいつまでも小遣いもらって暮らしてるような気がするもんで。
そんなこんなであたくしいつまでたってもどっか甘ちゃんなのかもしれません。
おやじ死んじゃったからしっかりしないとね ( ;∀;)
先っぽ欠けちゃった
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