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2025年7月24日木曜日

ネタバレ承知で国宝を語る

ご機嫌なおって今日はサクサクなパソコンで思いのたけを書きますわ~ ( *´艸`)


昔々、錦織圭が現れてメジャーを制するなんざ夢にも思わない時代試合中継など見たことも無く、テニスというものは皇太子殿下と美智子様が出会った場所としてロイヤルで高貴な(重複)ものなんだろうと思っておりました。

まさか一試合で体重が三キロも落ちるハードなスポーツとは知らず。

歌舞伎ってものも同様にしゃなりしゃなり踊ってるもんかと思ってたら衣装やかつらだけでも何十キロもあり、いや、それ以前に一見優雅な舞を支える型を身体に覚えさせる段階でどれだけ厳しいお稽古(言葉と裏腹なスパルタ指導)を積むのかこの映画を見て知りました。

そう「国宝」を見て。

ものすごくよかったんであります。

エンドロールが出ても誰一人席を離れないほど深い余韻を残す作品でありました。

絶対見た方がいいと思うのでネタバレ最小限にしてお話いたします。


大看板の歌舞伎役者の跡取り息子と見込まれて部屋子となった二人の少年の芸に賭けた人生と友情そして葛藤を50年の時の流れと共に追った物語は、ひとりは受け継いだ血に応えるべき才能への渇望故に、ひとりは天賦の才を持ちながら血統でなきが故に、それぞれ身の変転に晒されることとなる未来を知るよしもないまま無垢な登り坂がひとつの鞍部を過ぎるあたりからそれぞれがそれぞれに挫折してどん底まで落ち、そして別々に這い上がり、17年の時を経て同じ舞台を踏み成功を収めるものの血と運命とは二人を繋いだ絆をほどくことないまま激しく交錯させてラストへと向かうんであります。


重要な役割を担うふたりの人物として谷町である大企業の社長の若き片腕と、当代の人間国宝である老いた名女形がおります。

バックアップに金銭を惜しまぬ社長と梨園界隈に当初冷淡な目を注いでいた男は間近で主人公の変転を見ながらいつしか自身も芸への目と心が育ってゆき良き理解者へと変わってゆきます。

一方老醜を白粉塗りに隠しながらも一度舞台に立てばその技量で圧倒する老優の主人公を見る目の冷ややかさはそこに何かを宿しながら、かつて予言したごとく梨園においては首にも等しいとされる親代わりの師匠を亡くしてどん底を流浪する主人公が崩壊する寸前思わぬ助け船を出すんであります。

まるで熟成させた樽が腐敗する寸前のタイミングを待っていたかのように、堕ちてなお芸を捨てずにいた主人公を見据えるその目はこの人もまた血統を持たぬ身から上り詰めそして名家とは無縁に老い朽ちた身を孤独に終える人なのだろうと分かると共に、芸を通じてしか繋げないなにものかを幼き日に見込んだ己の後継者へ注ぐ凝視なんであります。


二枚看板として復活を遂げたふたりに待っていたのは血統として支え立ち直らせた同じ血が病をもまた継がせるせるという皮肉と、芸ゆえにかつてふたりを断絶させた同じ演目で相方を看取ろうという時と場所は違っても潜った艱難は同じであった友情でありました。

役者人生の最後に賭けた曽根崎心中の山場、主人公が相方の死にかけの残った足にすがって泣くシーンは舞台でありながら演技を越えた真情であたくしも泣きました。


全編通じて言えるのはその圧倒的な映像美、そして立ち居振舞いから舞台での台詞、歌舞まで玄人筋の目に叶うだけの動きを体得するまでどれ程の苦闘があったかという役者根性への思い、たとえそれなりの処理がなされているとしてもフルスペックのスクリーン上で輝く若いふたりの美貌でありました。

直球一本のあたくしですら惚れるような男性美でありました。


あ、何だかんだ前置きしときながら結構しゃべっちゃった (>_<)

評判倒れ(あたくし的に)だった「ボヘミアンラプソディ」なんかとは桁が違いまっせ!

絶対劇場で見た方がいいよ~!








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